愛という名の

野宮麻永

第1話 ある朝

東奈大学医学部看護科に入学して3年目。

夏休みが終わり、後期になると本格的な実習が始まった。


訪問看護や高齢者施設での実習を始め、大学病院の中で様々な科をまわっての実習は、レポートの提出も毎日で、一日があっという間に終わる。


気が付けば11月も終わりに近づいていて、朝晩はすっかり寒くなっていた。


実習が始まってからは、ユニフォームに着替えての集合だったから、授業だけだった頃に比べて、随分と家を出る時間が早い。




静かに玄関のドアを開け外へ出ると、全身が冷たい空気にふれて、無意識に肩へ力が入る。


その時、「いってらっしゃい」という声が背後から聞こえて振り返った。



「寒いから、見送りなんていいのに」


「ねぇ、お弁当作ろうか? こんな時間に出ないといけないんだったら、だいぶ早起きしなくちゃいけないでしょ?」


「そのくらいわたしがしないとバチが当たる。お母さんには迷惑かけてばかりなんだから。早く入って。風邪ひいちゃう」


「いってらっしゃい」


「いってらっしゃーい」


「いってきます」



少し歩いてから振り向くと、玄関先でまだ手を振っているのが見えた。


『家に入って』


口パクでそう言ったけれど、伝わったかどうかはわからない。


小さく手を振ってから、駅へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る