TS外なる神は異世界を侵食する

浜彦

第1話 TSして、異世界の神になろう

「田村カガミさん。人類の未来のために、異世界の神になってください」


 目の前でそう言っているのは、容姿端麗なセールスウーマンだ。身につけているのはぴったりとした黒いスーツで、眼鏡をかけている。知性的なエリートという感じだ。彼女の際立った容姿は、この年まで独身を貫いてきた俺には、少し刺激が強すぎる。


 彼女は、机の上にある書類を私に押し付けた。書類の表紙には「極秘:外なる神計画三期」と書かれていた。


「……拝見させてください」


「どうぞ」


 外なる神。これは、クトゥルフ神話に出てくる架空の神々の呼び名だったはずだ。


「……人類を神の化身として異世界に投入し、サンプル採取、文化侵略、新エネルギーの獲得、環境改造という作戦を行う、と」


「はい。これは人道的で倫理的な作戦ですよ」


「……なるほど」


 どういう冗談だ。書類を読み終えた後、目の前の妙なセールスウーマンをどう断るべきか心の中で考えと、相手は突然俺の手を掴んできた。


「え?」


「口で説明するよりも、直接見せた方がいいかもしれませんね」


 一瞬、女性の背後から強い光が発せられ、俺は目を閉じざるを得なかった。目を開けると、自分はアパートではなく、白い部屋にいった。壁には多くのモニターがあり、見慣れない図表が映し出されている。


「ここは……」


「ここはコネクトルームです。」


「コネクトルーム?」


「はい。異世界と私たちの世界をつなぐ場所です」


 混乱する俺を無視して、女性は壁の端末に歩み寄り、操作し始めた。すると、地球のような青い惑星を映し出した。


「異世界、ミドガルド。または惑星Z356-Mと呼ばれています。私たちは偶然にもこの世界への接続通路を発見しました。これが、生命のある惑星です」


 画面は惑星に近づき、夜に切り替わった。小さな光が点々と惑星の表面に現れた。


「これは……」


「人工的な光ですよ。つまり、知性生物の集落です」


「異世界人が、灯したものなんですか……」


「ええ。様々なデータから推測して、私たちはこの世界の人々の文明レベルがまだ工業革命を経ておらず、中世……いや、西暦前に相当すると判断しました。」


 驚きと何とも言えない感動で心が満ちていた俺は、ぼんやりと点滅する光点を見つめていた。


 そして、感動は疑念に覆われた。


「……侵攻しますか?新しい命のある、この世界を」


「ええ。もちろん。我が人類の未来のために」


「っ」


「田村さんの任務は、調査員としてあの世界に降り立ち、可能ならば現地人と接触し、あの世界に影響を与えることです。現地人が将来的に地球人に対して抵抗感を持たないようにしたり、地球人が住みやすいようにしたりすることです。」


 女性の笑顔が花のように咲き開いた。


「時間がありませんから、早速始めましょう」


「え!?」


 セールスウーマンが俺の手を握った瞬間、世界がぐるぐると回り始めた。視界が歪み、次第に真っ暗になっていく。 


 暗転。


 再び目を開けると、自分が液体の中に浮かんでいるのを感じた。視界の左下には、淡い青の文字が並んでいた。



 =====

 <システムログ>


 >接続。アバターシステムオンライン。神経接触異常なし

 >メインシステム、準備完了

 >接続室接続開始

 >回路閉鎖完了

 >単方向チャネル開放

 >チャネル開放…成功

 >トレスカプセル「神の繭」を投入


 >トレース・オン


 >メインシステムオンライン

 >システムチェック…良好

 >アバターシステム稼働状況…良好


 >サポートサテライト「黒山羊」と連結開始

 >リンク・スタート

 >システムオンライン、可用エネルギー率 75%。


【ようこそ、ミドガルドへ――我が新しい神よ】

 =====



 闇が、光に裂けた。


「うっ」


 俺は目を細めた、慎重に一歩踏み出した。青い空、白い雲。足元の柔らかい草が風に揺れて自分の膝をくすぐった。


「一体、どういうことだ?」


 振り返ると、背後には銀色の流線型をしたカプセルがあった。開かれた扉から紫色の液体が流れ出している。どうやら俺は、ついさっきまでこの中に入っていたらしい。鏡のような表面が俺の姿を映し出していた。


 思わず自分の顔に手を伸ばした。


「ははっ」


 乾いた笑いが漏れる。指先に触れたのは、もう粗い肌や剃り残した無精髭ではなかった。代わりに、滑らかで丸みを帯びた柔らかな感触だった。なんだか自分の声が鈴の音のように澄んでいる気がした。


 カプセルの表面に映るのは、一人の少女の顔だった。


 腰まで届く髪は、烏の濡れ羽色。鋭い目は美しい二重。白い顔には桜色の口。華奢な体には巫女服のような、広い袖のある装束。


 頭の後ろには小さな輪が浮かび、青白い光を放っていた。


「――おっさんだった俺が、拉致されて奇妙な場所に放り出され、しかも天使のような女の子に変わっちまった、か」


 はぁ。


 人生って、本当に不思議なものだな。


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