第10話 遭遇

 俺達が港町フォートへと辿り着いたのは首都ワンズを出て2カ月余りが経過した頃だった。

 途中のセカンダル、サーズダルでは想定通りに3件ずつ仕事盗みをこなした。

 屋敷に入るのは俺一人だが、逃走経路となる民家の屋根に白狐が待機し、万が一追手が来た際には足止めをすることになっていた。

 いつもの和服姿では目立つため、俺は白狐に普通のズボンと上着、そして俺とお揃いの獣人向けのフードに耳のついた外套を買い与えていた。

 白狐は和装以外を着た事がなかったらしく、大変喜んだ。

 その時などは

「ありがとうございますー!私の衣服にまで気を使ってくれるだなんて、流石旦那様ですね」

「だっ?旦那様!?」

「覚えてますよ?責任取ってくれるんでしょ?」

「あ。あぁ責任はとるさ。でも旦那様はやめてくれ。なんかこそばゆい。」

「ふふっ。わかりました。クロさんはクロさんのままでいきます。」

 なんてやり取りがあった。

 しかし実際仕事の場では追手もなく白狐の出番はなかった。

 白狐は少し残念がっていた。

「ここまで私の出番がないとなると私の刀が錆びついてしまいますぅ」

 とか言ってた。

 この6件の仕事では金貨数十枚に大銀貨が数百枚程度、手に入った。

 旅をするには貨幣はあるに越したことはない。

 だが忍び込む先は吟味した。

 酒場に通い噂話を聞きつけ、悪人と判断した相手だけにした。

 これは拘りだ。変えるつもりはない。

 まだあと1、2件入れそうな相手の噂話はあったがヨルが先を急ごうと急かした為、3件ずつで抑えた。


 港町フォートは首都ワンズに次ぐ大都市だ。

 港という物が行き来する場ということもあり、沢山の商社がある。

 ここでも酒場に行けば悪い噂のある商人やらお貴族様の話が聞けるかもしれない。

 だがそれよりも早く俺達には行くべき場所があった。海だ。

「おーこれが海かぁー?」

 俺は生まれてこの方ワンズ以外を知らなかった。

 だから海を見るのも始めてだ。

 話には聞いていた。

 一面が水で覆われておりその量は途轍もないものであると。

 しかし海は俺の想像をはるかに超えた。広い。広すぎる。

 ただ話と違ったのは海で遊ぶ人達の姿がなかったことだ。

 俺は白狐に尋ねる。

「ビーチでは沢山の人達が海に入り遊んでいるんじゃなかったのか?」

「あぁ。今は季節的に海に入る人はいませんよ。水が冷た過ぎるんです。」

「なに?じゃあ海には入れないのか?」

「入ってもいいですが、かなり寒いですよ?だって秋ですもの。」

「そうか。秋は海に入れないのか…。」

 残念がる俺を見て白狐はこんな提案をしてくれた。

「足だけ浸かってみたらどうですか?足だけなら体が冷えることもないでしょうし。」

「足だけならいいのか?行ってくる!」

 俺は急いでブーツを脱いでビーチを走る。

 初めての海だ。

 きちんと入れないのは残念だが足だけでも浸かってみたい。

 波うち際までくると水が足先を濡らした。

 冷たい。だがまだ我慢出来る。

 俺はズボンのすそを膝まで捲り上げ、波の中へと進む。

 足先を濡らす水がかなり冷たい。

 だが波で水が引き、また返ってくる様子が面白い。

 ちなみに貴族の間では浴槽というでかい桶にお湯を溜めて、そのお湯の中に入る習慣があるらしいが、一般市民の間ではお湯を盥に溜めて濡らしたタオルで体を拭くのが常である。

 つまり水に体を浸すことなど今までなかった。

 そんな俺が初めてふくらはぎまで水に浸かっているのだ。

 その興奮は言葉にできないほどだった。

『まったく海くらいではしゃぎやがって。』

「いいじゃないですか。初めての海なんですし。それにヨルさんも100年ぶりの海でしょう?入りたいんじゃないですか?」

 二本の尻尾を犬のように右へ左へと動かしているヨルに白狐が言っている。

『まぁクロだけ濡れるのもあれだ。儂も一緒に少し濡れてやるか。』

 よくわからない言い訳をいいながらヨルが隣にやってきた。

 俺達は子供のように足をばしゃばしゃさせて海をぞんぶんに楽しんだ。


 寒くなってきたところで海から上がる。

 ヨルは体を揺らし水気を飛ばしている。

 そういえば猫は水を嫌がる性質があると聞いたことがあったので聞いてみた。

『なに?儂は100年以上生きて猫又となった化け猫だぞ?そのあたりの弱点は克服済みよ。』

 以前にも聞いたような答えが返ってきた。

「どうでした?初めての海は?」

「冷たかった。でもいいもんだな。海は広いし大きいな。」

「楽しめたなら良かったですね。」

 そんな会話をしていると、いきなりものすごい寒さを感じた。

「『な!?これは妖気!?』」

「これは私達にならぶくらいの妖気の量ですよ?」

『儂らに並ぶ…なにもんだ?どこから来る?』

「海の方からですね」

 そう言うとヨルと白狐は海の方角を睨む。

 俺も釣られて海の方を見るが何も見えない。

 ただ寒気はだんだんと大きくなっていった。

「船が来ますね。」

 白狐が言うが俺にはまだ見えない。

「こちらに向かってくるようですよ。どうしますか?」

『なにものかわからん。少し離れて様子を見よう。』

 ヨルがそういいビーチから離れた木の影に身を隠す。

 俺と白狐もそれに倣って身を隠す。

 しばらく経った頃、ようやく俺にも船が見えてきた。小さい船のようだ。

 乗っている人影は1人だけだった。


 やがで船はビーチに乗り入れ、船に乗っていた青年も降りてきた。

 その青年は身長2m近くありそうで、その髪色は鮮やかな紫色をしていた。

 が、なにより目を引いたのが額に3本の角が生えていた事だ。

 一般的に魔族の鬼種はゴブリンにしてもホブゴブリンにしても、オーガも皆頭頂部に角が生えている。

 それに比べて額に角があるということは奴は鬼人族なのではないかと思われた。

「いやー妖気を出してりゃ同族が見つかるかもと思って妖気全開できたが、思いがけないお客さんが釣れたようだな。」

 船から降りてきた鬼人族と思われる青年はこちらに聞こえるように声をあげるとゆっくりとこちらに近づいてくる。

 明らかにこちらが隠れている事に気付いていた。

「隠れなくても大丈夫だぞ?お前さん達の妖気も感じ取れてるし。」

『妖気を感じとっているだと?儂らはかなり妖気を抑えている状態だぞ?』

 そう言いながら木の影からヨルが飛び出す。

「隠してるだけで完全には消せないですからね。妖気を感じとりやすい鬼人族なら気付くでしょう。」

 ヨルに続けて白狐も気の影から出ていった。

「そうそう。ワシは鬼人族じゃからな。妖気の感知はお手の物よ。』

『そうか。まぁ妖気の話はいい。でいったいお前は何モンだ?大した妖気量をしているようだが?』

「あぁ。ワシは紫鬼しき。鬼ヶ島から来た鬼人族の王にして鬼神の加護を持つ鬼王じゃ。」

「鬼王?夜王に破王ときて今度は鬼王だと?いったい何人神の加護持ちはいるんだ?」

 俺も木の影から出て行った。

「あれ?3人いるのか?妖気は2つしか感じられんかったが?まぁいいか。それより夜王に破王だって?さっそく2人も神徒が見つかったんか。こりゃ幸先いいな。ただの妖魔かと思ったが。しかし神徒の数、神様から聞いてないんか?11名って話だっただろ?」

「神様?おいヨル。なんの話だ?」

『儂もわからん。白狐は知っているか?』

「いえ。私もわかりませんね。まぁ詳しい話は落ち着いてから聞きましょう。こんなところで立ち話もなんですし。喫茶店にでも行きましょう。」

 そういう事になった。


 喫茶店に移動した俺達は紫鬼と名乗る鬼人族の青年から話を聞く。

「で、神徒ってなんだ?11名いるって神様が言ってたってのも気になるが。」

「ホントに知らんのか?神様から神託があったじゃろ?邪神の復活を阻止する為に11人の神徒、つまり神の加護を持つ王が集まって邪神の神徒を倒せってやつじゃ。」

 それを聞いて白狐が納得したように答えた。

「あぁー。神託ですか。それなら我々は聞いてないですね。だって私の加護神は破壊神、ヨルさんの加護神は暗黒神ですからね。地上界の事なんて気にしない方達ですからね。」

「お前さん達は破壊神に暗黒神の加護持ちか。地上界の事は気にしないってそんな適当な神様達なんか?」

「いやぁ。適当というか本当に地上界の事なんて気にしてないんですよ。私が加護を授かったのも昔、地上で暴れまわってた時に破壊の才能があるからっていう理由で私の前に現れたくらいですから。」

 それを聞いた紫鬼は若干引き気味に応える。

「それは…凄い神様じゃな。まぁそっちの状況は理解した。神託を聞いてないならもう一度説明するが邪神復活を企んでるやつが魔族にいるらしいんじゃ。そいつをワシ含め11人の神徒達で止めにいかないといけない。って訳でクロにヨルに白狐だったか?お前さん達一緒に来てくれるか?」

 それを聞いたヨルが反論する。

『儂らは魔術大国マジックヘブンに用があって旅の途中よ。そんな神託なぞ知らんわ。』

「そう言うなって。どのみち神徒を11人集めないといけないんじゃ。この大陸に来たら各地を回って集めないといけないと思ってたんじゃ。ワシもその旅についていくってのでどうじゃ?でそのマジックなんたらでの用事が終わったらワシと一緒に神徒を探して邪神の神徒を倒しに行くと。」

「それならいいんじゃないか?マジックヘブンに行ったら俺とヨルも離れられるんだ。あとは神徒とやらでうまくやってくれよ」

 俺は自分には関係ない話だと軽く聞き流した。

「全くクロさんはいい加減ですね。私の旦那様なんですから付いてきてくださいよ。」

「だから旦那様はやめてくれって。」

 俺達がそんなじゃれあいをしていると紫鬼が結論とばかりに言う。

「じゃあワシが旅についていく事は決定でいいな?しばらくの間、よろしく頼む。」


 俺は気になっていた事を紫鬼に聞いた。

「鬼人族って普通角は2本か1本じゃないのか?いままで俺が聞いたことある鬼人族はどっちかだったが?」

「ワシは鬼人族の中でも2角の赤鬼人と1角の青鬼人の間に産まれたんじゃ。だから他のやつらとは違って角が3本あるのよ。で両親ともに族長やっててな。その子供であるワシが鬼王となる事になったのよ。」

 紫鬼の身の上話を一通り聞いた俺達は改めてこちらの状況を紫鬼に説明してやった。

「って訳で俺がヨルの封印を解いて、憑依してきたヨルが今度は俺から出られなくなって今ここに精神体だけがいるって状態なんだ。」

「取り付いた化け猫が宿主から出られんくなったとかどんな笑い話なんじゃ?」

『なんだと!?貴様!儂に喧嘩売ってるのか?』

 紫鬼が言うとヨルが食って掛かる。しばらく2人の言い合いは続いたが白狐が宥めて事なきを得た。


 そういう事で俺達は3人と1匹で旅をする事になったのだ。

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