第8話 崩壊

 ここリラ・ダズル大陸はコの字を左右逆転させたような形をしており、北部が魔族領、南部が人族領と分かれている。

 その境界にあるのが200年前の聖邪戦争後に聖神により構築された大陸を二分する巨大な結界”聖邪結界”である。

 この結界を維持するために今なお続けられているのが人族領の真ん中に位置する聖都セレスティアでの結界維持の儀である。

 この聖都セレスティアはどこの国にも属さぬ独立した都であり、そこに住まう人の半数以上が聖術を扱う聖者・聖女である。

 この聖都セレスティアでは結界維持のため、常時30名体制での結界構築の聖術がとり行われており、この体制は3交代での24時間体制での儀式である。

 また、結界の維持だけでなく弱ってきた結界の再構築のため、聖王自らが1日3回、結界修復の儀を毎日同じ時刻にとり行っていた。

 その日もいつもと変わらず午前8時に結界修復の儀をとり行うために4名の側近を従えて聖王は儀式の間を訪れていた。

「おはようございます。皆さん。今日も結界維持のためのご尽力感謝いたします。」

 聖王は儀式の間に入るなり術者達への感謝の意を述べ、術者達の背後にある聖王専用の儀式スペースに移動する。

 その左右に側近達が控える。

「では朝の結界修復の儀をとり行います。」

 そう言うなり聖王は呪文を唱え始める。そして

「結界修復!」

 聖王から膨大な聖力があふれ出し南部の巨大結界に向かって飛んでいく。

 しかし次の瞬間

「いけない!」

 聖王がそう言うのと術者30名の体が爆ぜるのはほぼ同時だった。

 そして聖王の右腕の肩先から指先までと右足の太腿より先が爆ぜた。

 その衝撃で後ろへとふっ飛ばされる聖王。

 それに駆け寄る従者達。

「聖王様!これはどういう事ですか!?」

「これは…呪詛返しが…行われたようです…」

 呪詛返しとは、本来呪術などを術者へと返すための術である。

 これが結界術にも適用できるとはこの時まで知られてはいなかった。

 膨大な聖力が呪詛返しにより儀式の間の術者達に逆流したことによる爆発を起こしたのだ。

「聖王様!早く回復呪文を!」

「止血の術はすでに行っておりますがダメージが大き過ぎます。」

「私も再生の術はすでに行っておりますが、まだ出血が止まりません。」

「私は交代要員となる術者を呼んで参ります。」

 従者4名が慌ただしく行動を開始する中、聖王がかすかな声で呟く。

「いけない…結界が崩れる…」

 そうして200年間、魔族領と人族領を二分していた”聖邪結界”は崩れ去った。


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 その頃、魔族領に一番近い帝国領に属する要塞都市ガダンにはA級傭兵団シルバーファング20名が魔物討伐の依頼を受けて駐在していた。

 傭兵団とは傭兵登録した者達が集まってパーティーを組んだものであり複数名での魔物討伐を行い生計を立てている一団であり、A級傭兵団はそのうち4分の1にあたる5名のA級傭兵を要する。

 傭兵団シルバーファング団長、銀狼は団員に告ぐ。

「お前達。ここガダンでの魔物討伐はひと段落した。次は大陸南部の獣王国付近に出現したというジャイアントセンチピードを倒しに向かうぞ。今日は1日昨日までの疲れを取る為、休日とする。明日朝には獣王国に向かうから、それぞれ準備するように。」

 団員20名がそれぞれ呼応する声を上げる。

 副団長が銀狼に話かける。

「団長は今日はどんな用事があるんで?」

「今日は双剣の手入れだな。それ以外は特に用事もない。」

「なら俺の買い物に付き合って貰えませんか?獣王国に向かうならひさびさに嫁にも会えるだろうし、土産の一つでも買ってやりたいんです。」

「あぁ。いいぞ。なににするかはもう決めてあるのか?」

「いやー。そこから一緒に考えて貰えると助かります。」

 そんな会話をしていると街中が騒がしくなってきた。

 衛兵が走り周り住人の退避をさせ始めたのだ。

「おい。そこの衛兵。何があったんだ?」

 銀狼は走り去ろうとする衛兵の一人に話しかける。

「魔物です!見たこともないくらいの数の魔物の軍勢が魔族領の方向からこの街に向かってきてるんです!みなさんも早く退避を!」

「なに?魔物の軍勢だと?数はどのくらいなんだ?」

「正確にはわかりません。ただ黒い集団となってこの街に迫ってきています。」

「わかった。そういう事なら我ら傭兵団シルバーファングも手を貸そう。」

 そう言うと解散せずにその場に留まっていた団員20名に向かって指示を出す。

「お前達!話は今聞いた通りだ。魔物の軍勢だろうと俺達にかかれば問題はない。潰すぞ!」

「「おー」」

 団員達の気迫に満ちた呼応が街中に響く。


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 ここ城塞都市ガダンは対魔族領の最前線にあり、200年前の聖邪戦争でも戦いの舞台となった場所である。

 そのため、城壁は3重になっており、最も外側にある第三外壁には30門もの大砲が準備されており、魔族の侵攻を止める役割を担っていた。

 しかしながらこの200年間聖邪結界により魔族の侵攻はなく、30門の大砲も年1回の動作確認程度にしか運用されていなかった。

 そこにきて唐突の魔物の軍勢である。

 衛兵達は慌てていた。

 魔族侵攻もなく平和になれた城塞都市には常時10名程度の衛兵しか待機しておらず、そもそも砲弾も格納庫に仕舞ったままである。

 衛兵達はその砲弾を第三外壁に運び込む作業と休暇中の人員への開戦の通達で手一杯だった。

 対する魔族の軍勢は100体は超えると思われた。城壁から見下ろすと3㎞先に黒い集団がこちらに向かってきているのがわかる。

 中には空を飛ぶものも確認されており、常時では考えられない数であった。


 ようやく大砲への砲弾運び込みが完了した頃には魔族の一団は1㎞先にまで迫っていた。

 早速衛兵長の合図によって30門の大砲が火を噴く。

 そのうち半数近くは魔族の一団に到達するが、残り半数はその前方へと落ちていく。

 大砲の訓練は年1回のため、そこまで扱いに慣れていないのだ。

 続く第二射のための砲弾転送にも手間取っている始末である。

 結果4,5発撃っただけで半数も削れていない魔族の一団は第三外壁にまで迫ってきてしまった。

 中には大型の単眼の鬼、4mを超す巨体のサイクロプスが10体いた。

 その巨体からくりだされる棍棒の一撃に城壁が揺らぐ。

 その他の魔族達もよく見れば単眼の小鬼、単眼に羽と鳥のような足の生えた空飛ぶ眼球、単眼の眼球から直接手足の生えた魔物など、単眼種に限られていることがわかる。


 傭兵団シルバーファングは第二外壁と第三外壁の間に陣取っていた。

 大砲に取り付いていた衛兵達もその場を離れここに陣取っている。

 衛兵の数はおそよ40名。

 第二外壁を越えられたら残るは第一外壁だけとなる。

 ここを死守するのが全員の総意だった。

 やがで第三外壁が破られる。

 大型のサイクロプス10体に小型の魔物50体近くが押し寄せてくる。

 銀狼は団員達に指示を出す。

「A級1名とB級またはC級1名の2名体制でサイクロプスを狙え!その他は構うな!まずは大型を倒すぞ!」

 そういうなり一番近くにいたサイクロプスの足元に切りかかる。

 サイクロプスは筋骨隆々でその身は鋼鉄のように頑丈である。

 銀狼の一撃はその身を切り裂きはしたが切断にまでは至らなかった。

 サイクロプスは手にした棍棒を振り被る。

 銀狼と団員1名はその攻撃を避けながらも尚も足元に切りかかる。

 巨体魔物に相対する際は足元を狙い倒したところを首や頭など弱点を狙うのがセオリーである。

 銀狼達は傭兵団はセオリー通り足元に集中して攻撃を与え続ける。

 そうして5分もたった頃

「喰らえ!双狼刃!」

 銀狼はクロスさせた両腕の双剣を左右に振りぬき、サイクロプスのアキレス腱を切断。

 見事にサイクロプスを倒すことに成功する。

 すかさず組になった団員がサイクロプスの目玉に剣を差し入れとどめを刺した。

 他の団員達はまだサイクロプス相手に奮闘している。

 銀狼は組になった団員に指示を出す。

「お前は衛兵のフォローに回れ。オレは他のサイクロプスを倒しに行く。」

 そう言って一番近くで戦う団員達のもとへと銀狼は走った。


 戦闘開始から20分も経過した頃にはサイクロプスはその数を半分にまで減らしていた。

 しかしながら傭兵団団員も無傷とはいかず、半数程度が戦闘継続困難なダメージを受けていた。

 衛兵達も目から光線を出す空飛ぶ眼球やその身の丈に似合わず怪力で殴り掛かってくる眼球に手足の生えた魔物達によりその数を減らしている。

 と、戦場に場違いなほど澄んだ、それでいて背筋を冷たくするような声が響いた。

「これはこれは。せっかく結界を破壊し、サイクロプス10体も導入して侵攻したというのにまだ外壁を崩すことも出来ていないなんて。これはワタクシの出番のようですね。」

 声の方向を見れば上空に浮かぶ、ステッキを手にしたタクシードにシルクハット姿が目に入った。

 しかしその顔があるべき個所には巨大な単眼の眼球のみがある。

「結界が壊されただと?」

「人語を話す魔物だと?あれは魔人か?」

 団員や衛兵の疑問の声にも構わずタクシード姿の魔人が話続ける。

「まずは自己紹介を。ワタクシは九大魔将が一人、一つ目の一村と申します。」

 その眼球は誰に言うでもなく一人で話始める。

「まずはワタクシの十八番。ファイアボールの威力をお試しあれ。」

 そう言うと手にしたステッキを第二外壁へと向ける。

 するとその先端から直径1m程度の火球が発生し、第二外壁へと向かう。

 その一撃で第二外壁の一部が破壊され、近くにいた魔物が第一外壁へと向かい始めた。

「お次はワタクシのお気に入り。ファイアアローの雨あられ。」

 そう言うとステッキの先端から炎で作られた矢が無数に浮かび上がり、戦闘中の団員と衛兵を襲った。

「「ぎゃー!」」

「「うわー!」」

 炎の矢に射られた者達が燃え上がる。

「まだまだ行きますよ。お次はワタクシの2番目のお気に入り。ファイアボム。」

 ステッキの先から直径30㎝程度の火球が飛び出し、第二外壁へと向かう。

 第二外壁にぶつかった火球は大きく爆発を起こし、第二外壁の大半が壊された。

「ホッホッホッ。いい感じに壊れましたね。さあ。まだまだ行きますよ。」

 その頃には銀狼がその足元へとやってきていた。

「貴様!オレが相手になってやる!双飛斬!!」

 銀狼が手にした双剣から斬撃が飛び一つ目の一村に向かう。

「おや。元気のいいのがいますね。いいでしょう。相手をして差し上げましょう。」

 上空にいた一つ目の一村は、飛んできた斬撃をひらりとかわし、位置の優位性など気にしないかのように地上へと降りてきた。

 銀狼は魔人に向かって突進する。

「喰らえ!双狼刃!」

「ファイアボール!」

 一つ目の一村へと飛び込み双剣で切りかかった銀狼だったがその目前でファイアボールが発動する。

 発生した火球に双剣で切りかかり、見事火球は3つに切り裂かれその威力を失う。

 しかし

「ファイアボム!」

 続けて発動されたファイアボムは銀狼の目前で爆発し、銀狼を10m近く弾き飛ばした。

「くっはっ!」

 弾き飛ばされた銀狼は苦悶の表情を浮かべる。

 腹部に大きく裂傷を負ってしまった。

「ファイアボール!」

 追い打ちのファイアボールを浴び、銀狼の体が燃え上がる。

「ぐあー」

 転がって火を消すも、消火し終わった銀狼はピクリともしなくなった。

「はい次の方。」

 一つ目の一村は手近の傭兵、衛兵達に次々とファイアボールを浴びせていく。

 そして一つ目の一村の魔法により第一外壁も崩され、まだ多く残っていた魔物達が雪崩れ込む。

 第一外壁の内側に陣取っていた衛兵達との戦闘が開始される。

 衛兵達の怒号が飛び交う中、魔人は静かに独り言ちる。

「さて、そろそろワタクシは状況報告に戻るとしますか。」

 一つ目の一村はまた上空へと浮かび上がると魔族領方向に向かって飛んで行った。


 この日、城塞都市ガダンは地図上から姿を消すことになった。

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