自己愛の暴力

傷射ねる

第1話

『鏡の中の男』


人は鏡だという。それならば、工藤祐貴の生き様はどんな鏡に映るのだろう。歪み、ひび割れ、真実をねじ曲げる鏡か、それとも自己陶酔の果てに砕け散る鏡か。


彼の物語は、闇に飲み込まれたような子ども時代から始まる。母への執着は異様なまでに濃密だった。母の存在が彼にとって絶対の基準だったのだろう。彼の世界は、母という白と、それ以外という黒に二分されていた。だが、その純粋ともいえる価値観は、やがてねじ曲がった自己愛と自己陶酔を育てていった。


手先の器用さは目を見張るものがあった。小さな頃から模型や工芸品を作るのが得意だったが、長続きはしない。何をやっても数ヶ月で飽きてしまう。失敗すれば他人を責め、成功しても虚栄心が大きくなるだけで終わる。それは彼自身の人生そのものを暗示しているかのようだった。


最初の転機は、20代前半の頃に訪れた。交際相手への暴力による逮捕――それが、工藤祐貴という男の「第二の人生」の始まりだった。両親は交際相手に30万円を支払い、示談を成立させた。そして、祐貴に向かって言い放った。「もう二度と迷惑をかけるな」と。しかし、これが彼の捻じ曲がった自己愛に火をつけることになる。


暴力の果てに訪れる破局は、彼にとって単なる一つの過程に過ぎなかった。なぜなら、ターゲットが離れることは、自らの「エネルギー」が枯渇することを意味していたからだ。祐貴は「愛の爆弾」を放つ――偽りの優しさと熱狂的な愛情で相手を包み込み、その自由を奪う術を心得ていた。こうして、彼は一度結婚という形でターゲットを「囲い込む」ことに成功する。


だが、相手の両親の執念が祐貴の計画を打ち砕く。ターゲットは巧妙な策略の末に祐貴から引き離され、離婚という形で決着がついた。祐貴は次の自己陶酔の先のターゲットを見つけ、今度は関東へ流れ着く。そこでの彼の生業は、美人局を仕組むことだった。しかし、それもまた長くは続かない。偽りの愛も見破られ、彼は再び逮捕される。


地元に戻った祐貴は、デリバリーヘルスのドライバーとして生計を立てるようになる。だが、その裏では別の顔があった。デリヘル嬢たちに覚醒剤を売り、副収入を得ていたのだ。手先の器用さと要領の良さは、ここでも生かされていた。


「鏡よ、鏡。この男に映るものは一体何だ?」

その問いの答えは、誰にも分からない。ただ一つ言えるのは、工藤祐貴という男の人生は、鏡のように歪んだ真実を映し出す――




祐貴の覚醒剤売買は、長くは続かなかった。デリヘル経営者は彼の行動を見抜いていた。祐貴の裏の商売が、店の「商品」に手を染めさせていたことが露見したのだ。経営者の怒声が響く。「大事な商品を汚す男はいらない。今すぐ出頭しろ!」――こうして祐貴は再び逮捕された。


しかし、祐貴は転んでもただでは起きない男だった。釈放後、彼は手先の器用さを生かし、歯科技工士として働き始めた。それは一見、堅実な職業への更生の道に見えた。しかし、彼の内に巣食う歪んだ自己愛と、ひとつのことを続けられない性格は変わらない。歯科技工士としての仕事も、彼にとっては次なる「狩場」に過ぎなかった。


新たな職場を得るたびに、彼は器用に技術を披露し、周囲の信頼を得た。だが、どれも長続きしない。1年も経たないうちに不正が明るみに出て、クビになるのが常だった。不正に得た金を歯科用金属に変え、それを持ち運び、飛んだ先で金属商に売り払って換金する――そんな放浪の日々を送るようになった。


次に移り住んだのは南東北のある小さな歯科医院だった。そこでも祐貴は手先の器用さで院内技工士としての地位を得たが、彼の狙いは別にあった。同じ技工士として働く女に目をつけたのだ。女は勤勉で控えめだったが、それが祐貴には「ターゲット」として最適に映った。そして、彼は医院の2階を占領するかのように住みつき、小口現金に手を伸ばし始めた。


「なんてチョロい歯科医院なんだ」祐貴は鼻で笑った。だが、彼の計画はそれだけでは終わらなかった。夜の黒い業界――裏社会にも片足を突っ込んでいた彼は、飛ばしの携帯と通帳を巧みに使い、架空の歯科材料業者を作り上げた。医院の経費でこの業者から材料を購入したことにし、中抜きを繰り返す。さらには、女との関係を深めることで、自己陶酔の「エネルギー」も得ようとしていた。


だが、祐貴の目論見は思わぬ形で崩れ去る。以前にクビになった歯科医院が被害届を出していたのだ。歯科金属の窃盗容疑が彼の足元をすくった。警察が医院に現れた瞬間、祐貴はすべてを悟った。


「またかよ……」彼は冷たく笑みを浮かべながら手錠をかけられた。


その場に居合わせた技工士の女は、祐貴が見せていた優しい顔の裏に、これほどの闇が潜んでいたことに愕然とした。「何もかも嘘だったの?」と震える声でつぶやく。


祐貴はその言葉に応えることなく、警察車両に押し込まれた。彼の目は、まるでまた新しい「狩場」を探すように、どこか遠くを見つめていた。


鏡の中に映る祐貴の姿。それは、決して割れないが、決して真実を映すこともない。歪んだ自己愛に飲み込まれた男の物語は、終わることを知らないまま、また新たな闇の中へと沈んでいく。



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