⑤
「……だめだ、しんみりしちゃった。もっと飲もう」
目をこしこしと擦り、すんと鼻を啜ってグラスを傾ける。昔の感傷にとっぷりと浸るあたり、もうじゅうぶん酔えているのかもしれない。が、まだ飲みたい。もう少し、酔ってみたい。
ひとり感情をバタつかせていると、ついに音楽番組の生放送が始まった。オープニングテーマが流れ、司会のふたりが挨拶をする。司会のひとりは局の女性アナウンサーで、もうひとりはマルチに活躍している超大御所男性タレントだ。
アナウンサーが本日のゲストを呼び込めば、それぞれのオリジナルソングをBGMに、ミュージシャンたちが次々に登場した。
「……あ、みんな」
十夜たち〝noir〟が登場したのは、八組中3番目。四人が出てきたとたん、スタジオの観客からは、黄色い蛍光色の歓声が上がった。
ほかの三人は、登場時にカメラに向かって手を振ったり笑ったりしていたが、十夜はチラ見程度でほぼ素通り。相変わらず愛想がない。
「マネージャーさんから言われてるのに。少しでいいから笑ってって」
なんてぼやいてみるも、自分も愛想よく振る舞うのは苦手なので、夫に物申せる立場ではない。「楽しくなりゃ勝手に笑うからほっといてくれ」という彼の言い分は、よく理解できる。
番組開始早々、司会のふたりとのやりとりもそこそこに、四人は画面外へと移動した。大きな拍手でもって見送られる。どうやらトップバッターのようだ。
この日披露するのは、先日交差点をジャックしていたあの歌。大手音響機器メーカーのスマホのCMにも起用されている、話題のナンバーだ。
緊張でそわそわする。それ以上に、わくわくする。
妻としてではなく、旧友としてではなく、一ファンとして。怜は、この時をとても楽しみにしていたのだ。
だが。
次の瞬間。
そんな気分など一瞬で消し炭と化してしまうあるものが、怜の目に豪速で飛び込んできた。
「……え? ちょっと待っ……えぇっ!?!!???」
マイクを持つ十夜の左手。その薬指に、なんと結婚指輪が嵌められていたのである。
普段は首からかけ、服の内側に収まっているはずのもの。それが今、彼の左薬指で光を放っている。生放送のさなか。スポットライトを浴びて。
「……」
開いた口が塞がらない。酔いなんてものは一気に冷めてしまった。瞠目したまま、ただただ画面の中の夫を見つめる。
一方の夫は、圧巻のパフォーマンスでこの日も人々を魅了した。ネイティブ顔負けの英語を、得意のミックスボイスに乗せて、見事歌いきったのだ。
いっさいの動揺を見せることなく、しれっと。
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