第22話 仲間


 校内音楽祭は我が校の体育館で行われるようで、全校生徒の集まった体育館内はひしめくように人で埋まった。

 来賓らいひんの数も含めると中々の規模になり、予想していたよりも数の増した客席を見て自然と咽喉のどが鳴る。


 音楽祭は最初、金管部の演奏から始まり、聴き馴染みのないクラシックに多くの生徒達は退屈そうにしていたけれども、洗練された演奏には自然と笑みが生まれる。


 贅沢にも思える演奏が終わると、いよいよ各学年各クラスによる合唱が始まった。

 当然のように一年生から発表は行われて、即座に出番があると分かると緊張をする暇もなく、級友達は顔を強張らせたり、中には面倒臭そうに愚痴を零す生徒の姿もあった。


「が、頑張ろうね、美鈴……!」

「いやガチガチじゃねーか、そんなんで後のバンドは大丈夫なのかよ?」

「だ、大丈夫……! ね、サイコ……!」

「いやまぁ、アタシは平気だけどよぉ。しっかしおもしれー程に震えてんなぁ……」

「ふふふ、震えてなんかないよ!」

「……こりゃあ心配になってきたぞ」

「ぎゃははは! なんちゅーテンプレ的な緊張の仕方だよ、やっぱおもれーわ、あんた!」

「いやいや煽るなよサイコ……ほれ、俺達のクラスの番だ。いくぞ」


 舞台に上がると、高い位置に照明があって、僕は降り注ぐ煌々こうこうとした明かりに目を細めた。


 目前には指揮台があり、すぐ傍にはグランドピアノが設置されていて、指揮者と演者の生徒達が一礼をしつつ各位置につく。

 僕達もそれにならうように礼をしつつ、一寸の間を挟んでから指揮者が腕を振り上げた。


 合唱曲の内容についてだが、恐らくは誰もが知る有名な曲だった。

 元はアメリカで活躍したフォーク・デュオで、曲名の和訳は「明日に架ける橋」だ。


 アカペラから始まり、途中でピアノが介入する形となる。

 各パートは段々と勢いを求められる構成になっていて、ラストサビのパワー感なんかは特に印象に残る。


 僕の属するソプラノ隊ですら最後の高域を実音で出すのが難しくて、当然のようにファルセットになるが、それでも最後の突き抜けたような歌は爽快感が果てしない。


 今まで歌のことなんてよく分からなくて、こういった合唱は苦手な部類だったし、全力でのぞんだことだってなかった。

 ただ、自身がボーカルという立場になり、更には大所帯ながらも結束して何かに挑み、表現することというのは、とても気持ちがよいものだと分かった。

 それ程に歌というのは楽しくて、共通の意識を持ち何かを達成すべく努力するのは、とても素晴らしいことなんだと知った。


 最後のピアノの一打と共に曲は終わりを迎える。

 皆はやりきった表情で、僕も同じような顔をしていただろう。

 湧き上がる拍手喝采に少々の気恥ずかしさを感じつつも、僕達は壇上から去る最中に同じように笑い合い「中々悪くなかったよな」等の感想を口々にしていた。


「ふわぁ、緊張したねぇ、美鈴! サイコも!」


 未だ熱が冷めやらぬ中、僕は美鈴とサイコに労いの言葉と共に感想をいう。

 二人は然程真面目な風ではなかったけれども、僕の様子に笑うと、二人は頷きつつも僕の頭を撫でてくる。


「ははは、緊張してたのか、本当に? お前の声、すっげー聞こえてきたぞ?」

「ああ、気合い入ってんなって心ん中で笑っちまったよ、アキラぁ……楽しかったんだねぃ」


 どうやら僕の歌は遠い位置にいた二人にも聞こえていたようで、その事実を知ると急に恥ずかしくなってくる。

 もしかしたら僕は悪目立ちをしていたのではと不安すら顔を覗かせてきて、途端に焦燥感に苛まれるが、そんな僕の背後から複数の笑い声が生まれた。


「いやいや凄かったよ、アキラくん! こっちもつい熱が入っちゃったもん。ね、皆?」

「ねぇ、まさかアキラくんがこんなに真面目に歌うなんて思いもしなかったし。なんか妙に引っ張られるような感じしたよねぇ?」

「だねぇ。やっぱさ、真面目にやるのっていいじゃんね。適当なのよりずっとさ」

「それに比べて他の連中ってばさ、特に男子の奴等。まるで糞だわ」


 振り返ると、そこには僕のクラスでも目立つ女子生徒達の姿があって、彼女達は接近すると身を屈めて僕の顔を覗き込んでくる。


「ねー。女子の中で一人でさ、居心地も悪いだろうにね。かっこよかったよ、アキラくん!」

「つーか一人に負ける私等の声量よ! 全然ダメじゃん! あははは!」

「いやいや負けちゃいないっしょ。一際目立つ声なんだって、アキラくんのはさ」

「え、あ、う……」


 今まで、僕は馬鹿にされることはあれども褒められたり認められたことがなかったし、女子との関係値なんて零に等しく、それこそサイコ以外との絡みもなくて、どう対応すればいいかも分からずに僕は戸惑うばかりだった。


 ところが僕の反応を見た彼女達は再度朗らかに笑みを浮かべ、急接近すると身体のいたる所をまさぐられる。


「いやいや可愛すぎん? 何この生き物、本当に男の子なん? 持って帰ってもいい?」

「いやダメだから、しかも犯罪だし。しっかし本当に噂の〈女児男子〉ってば男にゃ思えんわ。何さね肌のこの弾力、モッチモチじゃん」

「すっごい華奢じゃん! え、ウェスト細過ぎない? ちゃんとご飯食べてる?」

「身長からしてマジで女児じゃんね。しかもどことなーく甘いような香りがさぁ……」

「うっわ犯罪くさ、何その台詞キモすぎるから。でも確かに男くさくないっつーか……」


 最早僕はパニック状態だった。

 何せまともに会話をした覚えのない女子達に迫られ、更には無遠慮に触られるのだから、どうしていいか分からない。


 そんな風に困惑するばかりの僕だったが、唐突に視界が高くなり息苦しさすらも感じる。


 軽い浮遊感に、毎度のように襟首を引っ掴まれているんだと理解すると同時、顔の隣にまで迫った親しんだ顔――サイコの不機嫌そうな表情を見て自然と安堵の息が漏れた。


「いやおめーら急にベタベタすんなよ、アキラぁ困ってんだろ?」

「いーじゃん少しくらい。つーかあんたが普段からベッタリしてっから誰も近寄れないんじゃん」

「なぁにがベッタリだ、そりゃアキラの方から近寄ってきてるだけだっつーの。なぁ美鈴」

「まぁ実際そうだけどよ、それにしたってお前が傍にいたんじゃ大抵の奴等は怖がって近寄れねえだろ」

「なんでアタシが問題なんだよ? それとこれとは全く違う話しだろ? なぁアキラ?」

「取りあえず助けてくれたのは嬉しいんだけどね。そろそろ降ろしてくれてもいいんじゃないかなぁって」

「そうしたらまぁた同じ羽目に遭うぞ。こいつらの顔見てみ、どいつもこいつもロリコンのそれと同じだぜぇ?」

「いやいや誰がロリコンだっての。何にせよさ、まぁ……変わったよね、アキラくんって」


 一名の女子生徒の言葉に僕は疑問符を浮かべた。


「あー分かるわ。なんか入学からすぐの頃って、すげー地味っていうか、暗かったよねー」

「ね、ビクビクしてたっていうかさ。でもここ最近は凄く明るい感じっていうか、なんかキラキラしてるよねぇ」

「き、キラキラ?」


 何をいっているのかがさっぱりで僕は首を傾げるしか出来ない。

 ただ、彼女等の感想というのは、恐らくは級友達の総意というか、感想なんだろうと思う。


 確かに暗かったのは事実だ。

 何せ入学から間もない頃は目的の軽音部に顔を出せもせず、無意味にギターケースを背負って通学するだけで、それを他の生徒達に馬鹿にされたりして、その度に気分は酷く落ち込んだ。


 けれども、僕には今、誇らしい友達がいる。

 それはサイコと虎徹先輩だ。


 二人と出会ってからは正しく夢が叶ったような日々で、一日一日の経過を惜しむとか、逆に今度は、早く練習がしたいとか、早く二人とバンドをしたいだとか、一日一日が早く過ぎればいいとすら思いもした。


 僕自身、変化をしたという自覚はないけれども、どうにもそういった気持ちが外に漏れ出ていたようで、それを感じるクラスメイト達は当初との印象と比べると、まるで人が変わったみたいだと思っていたらしい。


「まぁ、その理由も……あんたなのかもね、野間さん」

「あん? アタシ?」


 女生徒の一人がそういうと、示し合わせたかのように他の生徒達も頷きをみせた。

 美鈴も深く頷き、サイコ本人といえば「はて、己は何かをしただろうか」と不思議そうだった。


「他の生徒から聞いたけどさ。凄いんだってね、あんた等。まるで音楽なんてやる風には見えないのに、圧倒的な実力があるってさ」

「実力だぁ? んなもんどうでもいいだろ、なぁアキラぁ」

「そうだねぇ。楽しいか楽しくないかだけじゃないかな」

「んでその態度よ。二人揃って。余裕とはまた違う自然体が説得力を持つのか知らんけどさ、あんた等すげー噂になってんだよ? 知ってた?」

「噂だぁ? 何か聞いてるか、アキラぁ?」

「え? う、うーん……全然分かんないや……」

「っかー、これだから他人の反応を気にもしない奴等ってのはさぁ……まぁ、それが〈らしさ〉なのかもしれんけどさぁ」


 ずい、と迫った一人の女子生徒は僕とサイコを指差す。


「アキラくんも野間さんも、圧倒的過ぎるくらいにバンドが上手いんだって。審査に出てた奴等が口揃えていってたんだわ」

「あーそれね、聞いた聞いた。全然信じられんから、どうせ嘘っしょとか思ってたけどぉ」

「さっきのアキラくんの歌とかね。練習の時ですら凄い目立つ声だったけどさ。やっぱ本気で歌うとあんなに印象に残るんだねぇ」

「ね、腑に落ちたっていうか、不思議なくらい説得力あるっていうか。成程ねーってさ」


 それは賞賛に等しい言葉の数々だったのかもしれない。

 それまで小馬鹿にされるばかりで、誰に認められることもなかったけれども、彼女達の言葉を聞いていると、まるで他人事のようにすら思えてくる。


 ただ、彼女等の言葉に厭味はなかったし、思ったままの台詞に受け取れて、その歯に衣着せぬ物言いに、僕は赤くなった顔を悟られまいとしてサイコの背に隠れる。


「あはは、照れてる、かわいー!」

「いやいや、あんまイジんなやぁ。これで本人、すっげー恥ずかしがり屋なんだからよ」

「とはいえそういった部分も少しずつ改善できたらいいよな、アキラ? こいつら褒めてくれてんだぜ、素直に受け取っておけって」


 美鈴はそういうけど、性格だとか性分といったものは簡単に変わらないものだと思う。

 それでも褒めてくれたのは事実だから、僕はサイコの陰から顔を僅かに出して、小さな声で「ありがとう」と呟いた。


「どういたしましてー。何にせよさ、頑張んなよ。一応、野間さんも応援しといてあげるわ」

「そりゃどうも。しかし気味が悪いな、あんた等みたいなのに応援されるの。不慣れ過ぎて」

「いや失礼すぎて逆に笑えるわ! あんた普段どんな連中と遊んでんのって!」

「どうもこうも、カビくせーおっさんとかスれた女ばっかだよ、ライブに顔見せにくる連中なんざ。根がくれえんだよ、根が」

「あ、でもなんか想像できるわ。そういう所にポツンと当たり前にいそう、野間さん」

「おいおい急に馬鹿にするたぁいい度胸じゃねーか。少し便所いくか? 最高の景色拝ませてやるぜ?」

「最高の景色? 何それ?」

「ははは、なぁに、まともに立てなくなるような、そういった怒涛の絶頂ってのを――」

「はいストップ! やめようサイコ! そういえば君って男女問わずっだったもんね!」


 恐らくは最悪な事態にすらなりえただろう危機を事前に止めつつ、僕とサイコは寄せられる応援の言葉や、耳に慣れない期待の言葉に碌な反応がとれずにいる。


 サイコは至極面倒臭そうに対応するだけだが、僕はといえば、そういった言葉の数々にひたすら喜びを感じていた。


(応援とか期待って、こんなにも嬉しいんだ)


 それに応えられるかどうかは分からない。

 僕の腕前は大した程度じゃないし、歌の実力だって素人に毛が生えた程度だろう。


 でも、それでも――僕の内に流れる血潮は熱を持ち、滾る程の勢いを脈拍と共に感じると、僕は拳を握り、自己完結するように強く頷いた。



                  ◇



 二年生の全クラスが合唱を終えると昼休憩が挟まれて、その後にはバンド発表となる。

 着々と近づくライブを前に食欲は薄くて喉を通らなかったけど、サイコに「いいから詰め込んどけ」と無理矢理に食べさせられ、なんとか胃に内容が送り続けられる。


 少なかれ活力を取り戻したけれども、穏やかなご飯の時間が終わると、いよいよステージにはドラムセットやモニターアンプ等が設置され、舞台を見上げて僕は咽喉を鳴らした。


「ライブに出演する人は裏方で待機しててくださいねー」

「あ……サイコ、僕達だよ」

「んだな。したら……行くかいねぇ」


 担任の先生の台詞に心臓が飛び跳ねた。

 途端に背に冷たい汗が流れるけれども、サイコといえば自然体で、やはり経験の差というのは大きいんだと思った。


 いそいそと準備をしつつ、ギターケースを背負い、エフェクターボードを収納したケースを持つと、僕はサイコと共に舞台のバックスペースへと向かうべく立ち上がった。


「ねえ、頑張ってね、アキラくん!」

「応援してるよー!」


 そんな折、先の女子達に応援の言葉を頂いた。

 少々の戸惑いと、どうしていいのか分からなくて慌ててしまったけれども、それでも言葉に応える為に笑顔を作り、強く頷いた。

 サイコといえばやはり適当な風で、まともな返事すらせず僕の先を歩いていく。


 慌てて彼女の背を追い隣に並ぶが――


(え……サイコ……?)


 彼女の顔には、普段とは違う、どことなく張りつめたような表情があった。


「ん? どしたね、アキラ?」

「え、あ……ううん、何でもないよっ」


 強張った表情は、まるで隠すようにして即座に掻き消えたけれども、彼女の隣を歩きつつ、僕はこの場に至って、彼女という人間性をようやく完全に理解した気がした。


(不安なんだ。どれだけ場数をこなしても、どれだけ自信を抱こうとも、誰だって怖いんだ)


 サイコという人間を、僕は圧倒的強者だと思っていた。


 以前に観たライブの時も、彼女は「アタシこそが世界で一番かっけー」と口にしていたし、堂々たるプレイスタイルを見れば誰だって彼女を超人だと思う筈だ。

 けど、幾ら化け物のように振る舞い、それを醸す程の空気を纏っても、一人の人間であることに違いはない。


 心配だってあるだろう。不安だってあるかもしれない。

 彼女の気位はとても高い。

 それだけの実力を持つこともあるが、それは彼女に与えられた評価に直結するものでもある。


 今の今まで圧倒的な姿を見せてきたサイコ。

 どんなシーンであれ常々己の在り方を貫いてきたサイコ。


 傍から見た時、それは傲岸不遜だとか逆上せた風にも見て取れるかもしれない。

 だがそれが許されている。

 何故ならばそれに見合う実力を持ち、他者を圧倒する程のプレイスタイルを誇り、生み出される音の存在感や説得力は凡そ歳に見合わない程に熟練の妙を思わせる。


 それらが彼女を形作るものであり、それらこそが彼女を確立し、支える全てでもある。

 だがそれ故に彼女は数多のプレッシャーを抱えているだろうし、他者が彼女に抱く憧れや期待というのを誰よりも実感するが故に、彼女はいつだって、本当は、ギリギリの領域で堪えていたのかもしれない。


 それを僕はこの時になって悟る。

 それと同時に自然と沸き立つものがあって、僕はそれを伝える為に、彼女の空いている方の手を取った。


「あん? いきなり何さね、アキラ――」

「頑張ろうね、サイコ。全力で楽しもうね」


 それは、激励げきれいだとか、期待を寄せるような言葉じゃない。

 まして不安を解消しようだとか、その背にある数多のプレッシャーを肩代わりするようなものでもない。


 僕の手には汗があり、僅かな震えもあるだろう。

 それはきっと彼女にも伝わっただろう。


 だが、それをも遥かに上回る程に、僕の血液は熱を孕み、脈拍する度に滾る何かがある。


 僕はそれを彼女に伝えただけだ。

 彼女の不安だとか矜持きょうじを支える様々な物。

 それを勝手に背負うだとか、まして気遣うだなんて、それこそ彼女に対する最低なまでの侮辱に等しい。


 それらは彼女だけが持つものであり、他者がくちばしれる余地なんてある訳もない。

 だから僕は、僕自身の抱く熱と、ライブという状況に対する興奮や期待というのを、僕の心のうちにある感情の数多を、彼女に伝えた。


 何せそれが僕達の共有するものだからだ。

 それだからバンドを組んだんだ。

 それこそ何度も彼女が口にしたように、僕達というのは、音楽馬鹿で、そればかりを考えているから。


「……いっひっひ。ああ、存分に楽しもうぜ、アキラぁ」

「うん……!」


 不思議そうに首を傾げたサイコは、それでも僕の伝えたかった気持ちを理解したようだった。

 普段のそれとは違う優しさを帯びた微笑みに僕は頷く。


「皆ー! はじけてるかー!」


 そんな最中だった。

 唐突な言葉と大音響が木霊し、ハウリング混じりの声に僕達はステージへと視線を向けた。そこには準備を終えた一組目のバンドがあった。


 マイクからがなり立てる勢いで叫んだボーカルの人は少々、いやかなり緊張しているみたいで、その浮足立った様子が初々しく、今し方の言葉に客席の生徒達は文句を含みつつもアンサーとしてヤジを飛ばしている。


「ありゃ、アナウンスもなしかよ? センコー共も不慣れ極まるな、勝手に進行しちまって」

「まぁお祭りみたいなものだし、ある程度の無礼講は黙認されているのかもね」


 体育館内の空気は一気に盛り上がった。

 挨拶を終えると即座に一曲目の演奏に入り、多くの生徒達は普段見慣れないだろうバンドの生演奏だとか各楽器の音に目を輝かせている。


「正しくお祭り騒ぎだねぇ」

「呆れてるの?」

「いやぁ、そういう訳じゃあないよ。元よりアタシ等ってのは音楽馬鹿だけどさ、それでも日常の至る所に音楽って溢れてるだろう? 楽器とは無縁だとしても好きなバンドやアーティストは誰にだっている。ただ楽器やバンド活動といったものに興味がなかっただけで、アタシ等との違いってのはその程度くらいだろうよ」


 バックスペースへと辿り着き、サイコはそんなことをいう。

 普段、彼女が立つようなライブハウスとは違い、本日の客席を埋めるのは、その多くが音楽活動とは縁がない人ばかりだろう。

 それでも彼女は自分とは違う立場にある人達を見下すこともなく「それはそういう人達だから」といった感想を口にした。


「おう、ようやっとご到着かよ、お前ら」

「あん? なんだ、もう到着してたのかよ、テツコ?」


 バックスペースには既に虎徹先輩がいて、彼は自前のスネアやキック等の機材を開放し、落ち着きなくスティックを膝の上でロールさせていた。

 偉丈夫いじょうぶな外観の割に緊張の程といえば分かり易くて、そのギャップにサイコは無遠慮に爆笑し、僕も僕で笑いを隠し切れない。


「相変わらずだなぁテツコぉ、その緊張しいはどうにかなんねーのかよ! ぎゃははは!」

「うるせえな、緊張の一つもしねー方が可笑しいだろうが! アキラも笑ってんなよ!」

「だ、だって、厳めしい風貌にさっぱり似合わないから、あはは、あはは!」

「マジでいい性格してやがるぜお前等、おらこっちこい! 教育してやっからよ!」


 まるで子供のようで、事実僕達は子供の歳だけども、それこそ児童のようにはしゃいでいた。


 複数ある他のバンドの人達も、様子を窺っている何人かの教師達も、どうしてこうも場違いな奴等なんだと冷めた目で見てくる。


 けれど、例え見栄えは相応しくなかろうと、凡そ音楽に近しく見えなくても、僕達が抱く熱や魂は誰にも否定はさせない。


 三者三様に僕等は集まった。


 女児と見紛うような僕、不良やギャル然としたサイコ、益荒男と呼ぶに相応しい虎徹先輩。

 きっと僕達を知る人も知らない人も、僕達がステージに立てば疑問を抱くだろうし首を傾げるだろう。


 それでも僕は胸を張っていえる。

 サイコも虎徹先輩も唯一無二の、僕にとって最高の友達で自慢のバンドメンバーだと。

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