連作:往復書簡の片し方

@devotion

死んだ人の話

――辞世の句って、あるじゃん。


あいつの話はいつだって唐突だった。

あんたのためにわざわざ貴重な休日を割いてここにいるのに、なんだって死んだ武将の5・7・5・7・7の話聞かなきゃなんないのと、あたしは眉間にしわを寄せた。それにもかかわらずあいつは、延々と自分の話を止めなかった。

――あれって、病気とか老衰で死ぬ人だったら余裕持って用意できるだろうけどさ、たとえばいくさ、とかで急に死ななきゃいけなかったときはどうすんだろうね。そのときになって、紙とか用意して慌てて読むのかな。切腹しなきゃとか言ってるときに悠長に。なんか、想像したらウケるよな。

ああまただ、やめてほしい。こいつはあたしの感情をどこに持っていきたいのかわからなかった。

忌々しいけど、あんたは美形だ。スタイルもいい。ファッションセンスだって、そこらのモデルがむしろお手本にした方が良いくらい洗練されてる。

その壊れた水道管みたいな口を閉じさえすれば、あたし以外にもきっと、付き合ってくれる人もいたはずなのに。

「なんか、実際にはその人が最後に詠んだ句を、死んだ後に周りの人間が適当に決めるんだってさ」

あたしがその場で適当に調べてやれば、あいつはぱぁっと花咲かせたみたいな顔して、

――じゃあ、俺も言葉に気をつけなきゃだ。それがいつ辞世の句になってもいいようにね。

「あんたがいつ5・7・5・7・7を詠んだってのよ。短歌なんて言えるほど中身の詰まった脳みそしてないでしょ」

あーひでえ、なんてコミカルなふくれっ面をして見せるうちは、あいつにとってあたしは信頼に足る存在だったんだろうなと、今になって気が付く。

バカなのは、あたしの方だった。

事故でも、病気でもない。あいつは突然消えた、のではなく、自分を消したんだ。誰にも何も言わず、完璧な殺人をやり遂げてみせた。それでもなお罪に問われないのは、被害者が自分自身だったからだ。


基本的には、コミュニケーションなんてものは情報の開示にすぎない。あたしはそう信じたまま、30歳まで生きてしまった。

あいつは単にあたしに、自分のことを知ってほしかっただけじゃなかった。

あいつはあたしを求めていたんだ。何億光年も遠い距離から、憧れだけを頼りにして、たぐりよせるみたいにあたしの心に近づこうとしてきた。

生きたい、生きたいと言うあいつの心を、あたしはこれっぽっちも理解してやれなかった。

生きている実感をちょうだいというあいつの願いを、あたしはすべて無視してしまった。

違う。違うの。お願い、許してほしい。

今ならわかる、あんたが欲しいものが何なのか。

叶わないのはわかっているけど、もう一度だけ、あたしにチャンスをください。あたしを求めて、そしたら全部あげるから。

眠れない夜に幾度となく寝返りを打っても、あいつが生き返るはずはない。

燃え滓になってしまったあいつの骨を、あたしも拾った。あたしの人生が取り返しのつかないことは、その時からすでに分かっていたはずだったのに。


あたしの生活に役立つわけじゃないけれど、あいつが遺した宿題だと思って、死ぬ前に詠むうたの意味を考えてみる。

ひとつは詠み手の気持ち。死後も自分の言葉が、誰かのこころに永遠に残り続けることを信じて、死後の世界へ旅立つために。

いまひとつは遺されたものの気持ち。死んだ人のことを忘れないように。火を継ぐように誰かが誰かに、死者の心を伝えていくために。

誰の役にたつのかわからないことを考えて、本当にばかばかしいと思うのだけれど、今のあたしはこうでもしないと正気を保てなかった。

翳りゆく世界にわずかなたつきがほしくて、あたしは今日も、あいつのくれた詩集に手を伸ばす。


えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力をください


笹井宏之さんという若くして亡くなった方の歌を、あいつはよくあたしの前でしゃべった。しかもそれだけじゃなく時々解説までつけてよこした。

これはあんたのオリジナルじゃないとあたしが苦言を呈したら、あいつはもう一つ歌を遺した。

あいつが消えてしまわないように、こんどはあたしが、この歌を頼りに、あんたに会いに行くよ。


愛なんていわないきみにとびきりのとわをあげるよ ぼくは正気さ

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