はたらく女子の慌ただしい一日と、真夜中のごちそうティータイム

江東乃かりん(旧:江東のかりん)

morning time 〜black&white〜

 残暑の厳しすぎる八月下旬の朝六時半。

 都会から近い訳でもなく、かと言って田舎と言うほど遠くも寂れ過ぎてもいない、田園風景に囲まれた一軒家にて。

 通勤の準備を済ませた白石 有紗ありさが、現代では珍しい昭和風な家の引き戸の玄関をバックに、青空を遠い目で眺めて呟いた。


「いい天気だねえ……」

「わん!」

「会社行きたくないねえ……」

「わん!」


 彼女の足元を、「散歩に連れてけ!」と言いたげな柴犬がじゃれついている。

 柴犬の名前はトロロ。

 食べ物のとろろに醤油を垂らした色合いに似てるから、そう名付けられた。

 有紗ではなく、同居人が名付け親だ。


「今日のお昼頃に、弊社にメテオフォールが降るでしょう~」

「そんなもの降るわけないじゃん。しかも会社に」


 ぼそっと呟く有紗に、玄関を開けて出て来た黒崎 百花ももかが突っ込む。

 ゲーム会社勤務の有紗と、カフェを経営しながら畑の手伝いをしている百花は、三十二歳の友人同士でシェアハウスをしている。


「それがよく降るんだなぁ……。忙しいときに限ってさ」

「今日は早く帰れるの? ご馳走するんでしょ?」

「する! 絶対に!!」


 有紗は自転車に跨って、百花とトロロに手を振った。


「行ってきます~! モモも無理しすぎずにね!」

「行ってらっしゃい!」


 有紗を見送った百花は、トロロに首輪を装着して立ち上がる。


「私たちも、お手伝いに行きますか」

「わん!」


 百花の自宅の周りは農家だらけだ。

 青々とした稲が並ぶ田んぼ道を、トロロのリードを握りしめて百花が歩く。

 小さな川まで辿り着くと、トロロがその川沿いを勢いよく走り出そうとする。


「わわっ! トロロ! 待って!」


 半ばトロロに引っ張られながら、百花は目的地であるトマト畑に到着した。

 畑の隣にある柵に囲まれた空き地では、既にゴールデンレトリバーが気ままに過ごしている。

 百花が空き地でトロロの首輪を外すと、楽しそうに駆け回り始めた。

 ここは百花や近所の農家の家族たちが早朝の畑仕事をしている間に、飼い犬たちが遊ぶ憩いの場だ。


「おはよう、モモちゃん」

「おはようございます」

「トロロちゃんも今日も元気だねえ」


 百花は隣の畑に向かい、農作業をしていた老婆と挨拶する。


「今日もお手伝いお願いね」

「はい!」

「わん!」


 畑で張り切る百花の後ろで、トロロも元気よく鳴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る