鬼人伝~国家の犬として働いていた俺がすべての敵を殺すまで~

くろこんぶ

第1話 始まりの理由

 2009年3月。東京都港区、東京タワー上空が突如闇に包まれた。それが悪夢の始まりだった。闇に包まれた空は、渦を巻き、数千個ほどの隕石のようなものをもたらした。その謎の物体の衝突時の大きさは大人の顔ほどの大きさで、当たったら即死。

 落ちてきたその物体は隕石ではない。それこそ、悪夢の元凶。

「鬼」たちの卵だった。そこから、鬼の進行は速かった。地面に衝突したその卵は、数分の猶予も与えず孵化した。孵化した卵から出てきた鬼は、すぐに周りにいた人間を捕食し始めた。

 そして今、俺たちは鬼の活動の抑制のために頑張って働いているわけだが……

「やあ志麻君。相変わらず暇そうな顔をしているね。さっさと仕事の一つでもこなしたらどうなんだ?」

「今やってますよ。」

 こんな感じで嫌な感じの上司がまだ蔓延ってるんだ。世界の危機だってのに。

 俺は、機密部隊の最下層「ワーカルト」に所属する志麻 開斗しま かいとだ。ワーカルトの仕事は、基本は事務仕事みたいなもんで、デスクワークが多い。ただ、簡単な雑務などはこなす。例えば、捕獲された鬼の銃殺処理や運搬等だ。鬼は脳を完全に破壊すると体の崩壊が起こり、チリとなって消える。だから、脳に銃弾を撃ち、処理するなどの仕事もやっているんだ。まあ、この仕事を始めて3年ほどたっているから、なれたもんだ。でも、一つだけ懸念点がる。俺には、末期癌で死んでしまった彼女がいた。だが、鬼の成分や物質などを知るための臨床実験によって生き返ったのだ。

 なぜ臨床実験を受けたのか。それは、俺がこの仕事をしていることと、自分がもう長く生きられないとわかっていたことが理由だった。俺のために、この国が鬼から解放されるための実験の一部になれるなら後悔はないと言い放ったのだ。

 そして、人間から鬼になった者は、徐々に理性を失い、完全に鬼になってゆく。

 つまり、彼女もいつか鬼になる。鬼になるとはどういうことか。それすなわち、処分対象。そして俺は、今日、上司に一つの仕事を受けた。

「月色 輝夜を処分しろ。」と。月色 輝夜つきいろ かぐや、それは、俺の彼女の名前だった。

「なんでですか⁉まだ理性はあります!正常な会話もできます!」

 と、俺も猛抗議した。彼女の死に直面することは2度目だ。もう二度そんな思いはしたくないにきまっているだろう。だが、俺の意見は通されることはなく、俺なくは彼女との最後の時間を迎えた。


「あれっ、開ちゃん!久しぶり!元気してた?」

「あぁ、あたりまえだろ……」

俺は、彼女に会う最後の瞬間、涙が止まらなくなった。

彼女の容姿は、あまり変わっていなかった。つややかな髪の毛に、美しい顔立ち。

実験体が着るために作られた白衣は、何を着ても似合う彼女に唯一、似合わなかった。

「ど、どうしたの急に泣き始めて。わかってたことなんだから、仕方ないよ。」

「でも、でも……なんで生き返ったのに、もう一度死ななきゃならない?

せっかく自由な体になったのに、結局は不自由じゃないか……」

彼女の額には、一本の小さな角が生えていた。それは、鬼の象徴だった。

「私は一度死んだ身なの。それがなかったことには、やっぱりならないよ。私は、少しでも長く開ちゃんといられたことが幸せだったよ。」

彼女はこんなにも強いのに、俺はどうしてこう、無力なんだろう。できることはいっぱいあったはずだ。

「なんなら、私の最後を決めるのが開ちゃんでよかったよ。さあ、もう時間みたい。」

俺は、今ここで覚悟を決めた。彼女のいない世界に未練はない。

「輝夜、今まで一緒にいてくれてありがとう。これからもずっと、俺たちは一緒だ。

愛してる。」

そして俺は、彼女に銃口を向けた。

「うん、私も。」

彼女の最後の言葉を皮切りに、パァンと乾いた音が少し間を開けて2発鳴り響いた。一つの音は灰を生み、一つの音は血を生んだ。

これで良い。俺は自らの手で、命を絶った。もう、苦しみたくない。

これが、俺の最後の思いだった。

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