第十五章 灯篭に照らされながら 4

「あなた……なに……」


 動揺し、首筋の痛みに苦しみながらも、玲玉妃は私と見つめ合う。

私は体中から気を掻き集めて、それを彼女にぶつけた。


 それからすぐに、彼女の顔つきが変わった。頬を赤らめ、恍惚とした表情になる。そして首筋の光も浮かび上がり始めていた文字も消えていく。


「あなた……。誰? 私、あなたが好き……」


「そうか」


「うん」


 皇后様の命灯の炎がまた勢いを取り戻し、安定し始めた。 

 皆はホッとし始め、そして私と玲玉妃が見つめ合っていることに気づいた様子だった。


「思月……」


 心配そうに、後ろから秋菊が声をかけてくる。それでも私は玲玉妃と会話を続けた。


「あの命灯の炎を、全部持ち主の元へ帰してほしいんだ。できる?」


「うん、わかる。あの呪術師から灯篭を買ったときに、術の解除の仕方も教わったの」


「じゃあ、やってくれる?」


「うん!」


 子供のように従順になり、表情も柔らかくなった玲玉妃を、皆不思議そうに見つめている。


 玲玉妃は女官に指示して、奥の間から書簡を持ってこさせた。それは命灯の目録のようなもので、何番の命灯は誰のものかが記されている。そして呪術のために必要だったのか、目録の最後に血痕のようなものがつけられていた。


「この書簡を燃やせば、命灯に宿った炎は持ち主のところに戻っていくよ」


「そうなんだね。ただ火で燃やせばいいだけ?」


「うん、そうだよ」


 その様子を眺めていた帝が、武官に命じる。


「この書簡を今すぐ火にくべて燃やせ」


「かしこまりました」


 武官たちはすぐに書簡を部屋の火鉢にくべた。すると書簡は燃え盛り、あっという間に灰になってしまった。


「ねえ、あなたなんていう名前なの? 私、あなたが好きなの。あなたと一緒にいれば、それだけで幸せだから……他になにもいらないから」


 そう言って私に身を寄せてくる玲玉妃に、私は答えた。


「そうなんだ。でも、私はあなたが嫌いだな」


「…………」


 玲玉妃はあまりのことに理解が追い付かないようで、不安そうな顔で押し黙っている。


「……え、なにそれ、なんで……。嘘だ……」


 やっとのことで声をふりしぼり、玲玉妃は涙を流し始める。


「嘘、嫌だ、ずっと一緒にいてよ。お願い」


 帝は武官たちに命じる。


「玲玉を牢に入れておけ」


「はっ」


 武官たちは玲玉妃を取り囲み、立ち上がらせようとする。しかしそれを彼女は拒絶する。


「やだ! 行かない! 私はあの人と一緒に……」


 抵抗する玲玉妃を武官たちは無理やり担ぎ上げ、広間から去っていく。


「やめて! あの人の傍にいたいの! いやああああ!」


 玲玉妃の泣き叫ぶ声が、次第に遠のいていく。

 すると極秘任務についている巫力を持つ女官の一人が私に言った。


「あなた、何者なの? 妖気を放っているけれど……」


 どう言い訳しようかな、と考えていたが、言い訳も思い浮かばないうちに私はその場に倒れ込んでしまった。


「どうしたの! 体調が悪いの?」


 すぐに秋菊が駆けつけ、私を抱き起こす。

 でも私は、かすかに瞼を動かすことくらいしかできなかった。体に力が入らず、動けない。

 他の女官と帝の話す声がする。


「この者は玲玉にどのような術をかけたのだ?」


「わかりません。ただ、この者からは妖力を感じます。人間のものではない妖力です」


「この者自体が妖怪であるか、妖怪に憑かれているために妖力を持っているか、そのどちらかではないかと……」


「とにかく妖力は良いものではありません。あの者は玲玉妃の目を見つめるだけで、心まで支配できていたようでした。玲玉妃は憑き物が憑いたような顔をしていましたよ」


「この力を使えば、帝を意のままに操ることさえも可能ではないかと」


「では、どうすればいいのだ」


 帝がたずねると、とある女官が答えた。


「あの者から妖力を消す巫術の儀式を行って、浄化すればよいのです。もし妖怪が憑いているなら憑き物がとれるでしょうし、妖怪なのであればその存在自体が消滅するでしょう」


「その儀式を行えるものはこの中にいるか?」


 すると、女官たちは答えた。


「この者ほどの妖力を浄化するような儀式は、明安でなければ行えないでしょう」


「私たちでは巫力が足りず、負けてしまいます」


「そうか、わかった」


 帝は私を抱きかかえる秋菊に告げた。


「明安、その者に浄化の儀式を行うように」


「……かしこまりました」


 乾いた声で、秋菊はそう答えた。


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