第八章 春蘭の姉 3
どういうことなのか全然意味がわからなくて、思わず質問する。人間の会話は伝えたいことをはっきり言わないときがあるから、猫の私には意味がわからないことがよくある。
すると待ってましたとばかりに琳琳が説明を始めた。
「つまり、帝はそのお妃様ではなく、傍にいた秋菊さんのほうに興味をお持ちになったということよ」
「ふうん。だけど、どうしてその日を境に秋菊さんを見かけなくなったの?」
だめだ、まだ意味がわからなすぎる。思わず顔のあちこちを歪ませて、くしゃくしゃにしてしまう。
そんな私の顔を見て、琳琳はプッと吹き出した。
「ちょっと思月、やめなさいよ、へんてこな顔をするのは! せっかくの美人が台無しじゃないの。……まあ、姿を見かけなくなった後秋菊さんがどうなったのかは、想像することしかできないわね。でも多分だけど、その日の晩、帝と一夜を共にしたんじゃない?」
「えっ、姉さんが?」
春蘭は顔を上げ、驚きの声を上げる。
「まあ、そこんとこはきっと間違いないと思うわよ。帝と言葉を交わした後、秋菊さんは宦官に連れられて去って行ってしまったらしいの。そのお妃様は自分ではなく側仕えの女官が見初められたことに深く傷ついて、それからしばらくの間ふさぎこんでいたんですって」
「あの、でももし帝と一夜を共にしたのなら、それは姉にとって喜ばしいことなんだよね? 帝のご寵愛を受けたんだから、妃になったっておかしくないはずだよね」
春蘭がたずねると、琳琳は「うーん」と首をひねる。
「そこはその二輪草仲間の女官にもわからないんだって。彼女からすると、秋菊さんはその時を境に忽然と姿を消してしまったようなものだったって。その後彼女が妃になったという話も聞かなかったそうよ。でも帝にとって女官の一人なんて、どうでもいい存在だものね。一夜を共にしてお気に召さなかったら捨ててしまうのかもしれないし、あるいは自分のお側仕えにしたのかもしれないし」
「ご自分のお側仕えに? それは、姉さんの女官としての仕事の腕が認められたということ?」
春蘭が不安げな顔できくと、琳琳は首を横に振った。
「いやいや、そんなことじゃないよ。知ってる? これは過去にいた女好きの帝の逸話なんだけど、冬の寒い時期になると自分の体の周りを美女に囲ませて、暖をとっていた帝もいたんだって。もしかしたら秋菊さんも、そうやって帝のお側にお仕えしている可能性も……」
「なんだよそれ、人を火鉢か布団の代わりみたいに使って」
あきれてそう言うと、琳琳はフッフッフと不気味な声で笑った。
「火鉢や布団で団を取るより、美女で体を温めたほうが幸福度が高いに決まってるじゃないの」
「ひっ」
思わず顔がひきつる。
「淫乱だ! 破廉恥だ! 帝ってのは汚れたモゴゴゴ」
「ちょっと思月、不敬な言葉を叫んじゃだめだよ!」
慌てた春蘭が、私の口を両手でぎゅっと抑えている。
「モ、モゴゴゴゴゴゴ……」
大丈夫、もう言わないよと伝えたいのだが、必死に口を抑えられているから伝えられない。
「確かに今のは危険すぎる発言だったな。思月、言葉に気をつけないと、お前そのうち命を落とすぞ。壁一枚向こうには他の女官がいることを忘れるな」
宇晴も本気になって私に説教を始めた。
「モゴ、モゴモゴ」
とにかく何度も激しく首を縦に振り、従うつもりがあることを示す。
するとようやく春蘭は口を覆っていた手を放してくれた。
「ふぅ……ふぅ……」
肩で息をして、額から流れる汗を手で拭う。
まったく、自由にものも言えないんだから。
人間の社会ってのは息苦しいもんだな。
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