第四章 意地悪女官 2
と思っていたら、紫娟がまた、嫌味な笑みを浮かべた。
「あら、私はなにも、その不器用な子のことを責めようと思っているわけじゃないのよ?」
「……え?」
春蘭は驚きの声をあげる。
いやー、私もびっくりっすわ。私のこと責められてると思ってたっす。
「私、不思議に思うのよ。同時に入った女官の、一人はとてつもなく出来が良くて、もう一人はとてつもなく出来が悪いだなんて。そんなこと、あるかしら?」
あるんすよぉ! 壁の影で、私は頭を抱え、悶え苦しんだ。
私は春蘭に比べて、とてつもなく出来が悪いと思われているんだああ。うわああああ。
当たり前のことだけど、嫌だああああ!
「そんなことがないんだとしたら、どう、思われているということですか?」
春蘭がたずねると、紫娟は答えた。
「あんたが周りにそう見せているんじゃないかってことよ」
「えっ」
え?
ん?
え、ごめん、どういうこと??
わからなすぎて、体が斜めに曲がってしまった。
「あんたは自分の出来がいいように見せかけるために、もう一人の女官が仕事で失敗するように、仕向けているんじゃないの? 同時期に入った二人なら比べられるもの。相手が劣っていればいるほど、あんたにとって都合がいいものねえ」
「そんなことはしてないです。思月は私にとって、大事な子なので」
きっぱりと春蘭はそう言った。それでも紫娟は続ける。
「それは本当かしら? でも、どっちにしろ私から見れば、今のこの状況は褒められたものじゃないわよ。自分一人ができていればいいわけ? 本来なら、そのもう一人の子のことだってあんたが面倒を見てやるべきでしょうよ、同じ時期に働き始めたんだから。自分だけ要領よくやって評価されようなんて、汚いやり方だわ」
「そんなつもりは……。これからはもっと、思月のことも見守るようにします。でも別の作業をしていることが多いので……」
もう聞いていられなくなり、私はふらぁっと二人の前に姿を現した。
春蘭と紫娟はこちらに振り向き、驚いたような顔をする。
へえ、こいつが紫娟か。と私は春蘭より少し背の高い、年上の女官の顔をまじまじと見つめる。確かに厨房の片隅に、こんな女官もいたような気がする。私は人間に興味がないから、あまり覚えていなかったけど。
じーっと見つめ、紫娟に顔を近づける。
そして、言った。
「悪かったっすねぇ、出来が悪くて」
なんか春蘭が色々言われているのを聞いた後だったから、すごい不機嫌な顔で睨みをきかせてしまった。
おっと、この人は同じ尚食局の厨房で働く女官なんだから、穏便にやらないといけないよにゃあ。
そうは思っているのに、どうしても人間のように本音を隠すことができない。
「新人いびりで有名な、紫娟さんっすよね。いやあ~、話し声が聞こえてきたからしばらく聞かせてもらったんすけど、すごいっすね。噂通りの露骨ないびりだあ~」
呆然とした顔で私の様子を見ていた紫娟が、ようやく口を開く。
「あ、あんた、思月だろう? 新人のくせに私にそんな口きいて、どういうつもり?」
あまりこういう反応をされたことがないのか、ビビッてたじろいでいる。
「どーもこーも、ねーっすよお。あんまり露骨なんで、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちまって。やっぱ、いびんねえと、やってけねえっすか。毎日いいことなくて」
「出来の悪いのが、なに言ってんだ。ハッ。皿洗いくらいちゃんとできるようになってから物言いな!」
そう言いながらも紫娟は顔を真っ赤にして、去って行ってしまった。
「思月、もしかして心配して見に来てくれたの?」
春蘭は紫娟がいなくなると、すぐに私に駆け寄り、私の手を取った。
私はその手を握り返し、答える。
「まあ、うん……。ていうか、私のせいで春蘭が悪く言われてたな。ほんとにごめん」
すると春蘭は大きく首を横に振った。
「そんなこと、どうだっていいよ! 嫌なこと言われても、我慢してればいいだけだから。でも、今のことでもし今後、思月になにかあったら……」
「私は平気だよ、化け猫だし。そんなことより、我慢すればいいなんて嘘だよ。我慢した分、春蘭がすり減っちまうんだから」
「……まあ」
春蘭は口をつぐみ、視線を落とす。
確かに、春蘭が我慢したのは正しかったのかもしれない。私みたいに歯向かったりしたら、結局後で余計に嫌な目にあったり、身に危険が及ぶようなことがあるのかもしれない。
でも、我慢してもすり減ってしまう。
すり減って、心がくじかれて、希望を失ったら、生きていけなくなる。
出会った頃の春蘭は、そうだった。
「春蘭に、また前みたいになってほしくないから」
「うん」
「あんな奴には、負けないからにゃ。そのために、私はもっと、仕事うまくできるように頑張るし」
すると春蘭は、少し照れたようにしながら言った。
「仕事を頑張るのはいいけど……。思月の良さは仕事だけでは決まらないから」
「……そう?」
「うん。思月の良さは、私が一番知ってるの」
そう言って、春蘭は嬉しそうに笑った。
「そうか。なら、それでいいか」
「うん」
「だな」
はあ、と息を吐いて、空を見上げる。
今日はいい天気だ。
「少し休んでから戻るか」
「そうしよー」
春蘭と空を眺めながら考える。
確かに私も春蘭の良さを知ってるし、私の良さを春蘭が知っているならそれでいい。
私と春蘭とお日様ぽかぽかがあれば、幸せだ。
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