声ともとは
声ともは、声だけでつながるアプリだ。顔も名前も知らない相手と、ただ話すためだけの場。いわゆる斎〇さんみたいなものだ。
声ともでの会話は、そういった「何も残らない」遊びとは少し違っていた。顔も名前も知らない相手と、ただ声だけでつながる。相手がどんな人か想像する楽しさがあったし、何より、終わった後に何かを求められることがないのが気楽だった。
会話はほとんど一度きりで、そこに駆け引きも打算もない。
「どうせまた何も残らないんだろうな」と思いながら始めたけれど、不思議とそれが心地よかった。むしろ「何も残らない」ことが、心を軽くしてくれる気がした。
そこにはいろいろな人がいた。声のトーンや話し方だけで相手の人柄を想像するのが、妙に楽しかった記憶がある。
ただ近況を語り合うだけの人もいれば、深夜に真剣な人生相談をしてくれる人もいた。どこか知らない街で暮らす人の話を聞きながら、自分の知らない世界に思いを馳せることができた。
「大学生活どう?」と聞かれるたびに、うまく答えられなかったけれど、声ともでの会話は閉じた日常の中でちょっとした息抜きになっていた。
あのころ、本当に「誰かと話す」という行為は特別なもので。
ただ電話越しにしゃべっているだけなのにどこか、救われていた気がする。
そんな中、とくに忘れられない「声」の主がいた。たぶん、女の子だった気がする。
〈つづく〉
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