第7話 肝試し
「恵ちゃん! お待たせ!」
8月14日、夜10時。いよいよその日がやって来た。明美たちは玄関で待っていた。私は大きめのバッグに着替えと洗面用具を一式詰め込み、残りの道具を揃えていた。
「これも持っていくの?」
「うん。この方がいいと思ってね」
母が手渡したのは、線香の入った箱だった。祖母が気に入っていたものと同じ匂いがするものを、前日にあらゆる店を巡ってようやく手に入れた。
「気をつけてね、恵……。海の中には入っちゃダメよ。お守りも忘れないでね」
「うん、行ってくるね……」
母は心配そうに私を見送った。駅に着くと、達也が車の中で待ち構えていた。
「もう行き先はカーナビに入れてあるから、あとは沿って行くだけ。この時間帯に渋滞にはまらなければ深夜までに着くよ。昨日メールくれたけど、海まで直行でいいのか?」
「あ、その前に寄りたいところがあるの。指示するから、そこで止めてくれる?」
「分かった」
暗い夜道を車が駆け抜ける。ほとんど高速だったのでスムーズに移動できた。
「この前のニュースで月葉湖で見つかった死体、身元が分かったみたいだね。脚の骨折跡から分かったって。今の科学技術はすごいよ。有名な人だったみたいじゃん。酷いよね……前にも一回山の近くで行方不明になったことがあるとか。昔から精神的な病気があったみたい」
明美はスマホをいじりながら、着くまでの暇な時間をなんとか会話で潰そうとしていた。
「俺たちの時は何も起きなくて良かったなぁ。去年ぐらいからあそこ行方不明者が一切出なくなったって噂だぞ。それまで毎日のように誰か消えてたらしいけどな。やっぱり霊払い体質の達也がいるからか?」
久が妙にテンションを上げていた。そうでもしないとやっていけないのだろう。
「いいことじゃん。俺らの仕事は無くなるけどな」
「普通のイカれた不良たちの心霊スポット巡りとはちょっと違うもんね」
その間、私は口が寂しくなったのでビニールの小袋からハッカの飴玉を取り出して舐めていた。
「恵ちゃんが行きたい場所って、あの祠がある場所だよね」
「うん。その祠に祀られてる神様と、間引きの風習が何か関係があるかもしれないの。まずそこを見る。もしかしたら当時の人が何か教えてくれるかもしれないから」
「おい、行って早々霊と交信するのか? お前にしては早とちり過ぎないか?」
「ごめん、達也。でも急ぎなんだ。夜明けまでに全て終わらせないと。何かあったら、お願いね」
「おぉ……」
達也が何か違和感を感じ取ったのか、表情が険しくなった。彼は私が高校生の時から見える人間であることは知っていた。
「サークル作ったの間違いだったかもって思ったけど、私、やっぱり良かったと思ってるよ。こうして理解ある人たちに恵まれたんだもの」
「恵ちゃん……。私もだよ。恵ちゃんは霊について分からないこといっぱい教えてくれるし、着いて行って良かったと思ってる。私、見えないけど昔から憑依体質だったから、あまり人に理解されない恵ちゃんの気持ち、分かるよ」
怖いもの見たさに明美に着いてきた久を除いては、皆何かしら霊についてそこそこ知識があり感じ取れる力がある。
達也は久が説明した通り、父方の系統が霊感が強い家系だった。だが、特別彼は霊を退ける体質で、見えても亡くなった人の霊ぐらいで、私と違って低級霊を見たり存在しないはずのものが見える怪異を経験するということはない。
明美は霊は見えないものの取り憑かれやすく、子供の頃から夢遊病や奇行に悩まされていた。だが、達也と知り合ってからは彼の霊払いが効いているのか、数々のスポットに行ってもまだ憑依されたことはない。ホラー映画を見ることが日課で、いつか取り憑く幽霊に物申すために見えるようになりたいと思っているようだ。
そんなオカルトチックな私たちに興味を持ったのが、明美の彼氏である久であった。霊感はないもののオカルトマニアで、スピリットボックスなど様々な霊探知機材を持ち歩いている。
気がつけば時計は午前0時ちょうどを指していた。背筋が凍るような不快な寒気を感じ始めた。
「寒い……」
「え? 冷房ついてないけど」
「俺も……何か、ゾクゾクする……」
達也も何かを感じ取っていたのか、ふと半袖から出ている彼の腕を見ると鳥肌が立っていたのが分かった。
「トンネルだ……」
私たちの車は、オレンジ色のライトに照らされたトンネルの内部に吸い込まれた。
「寒気の根源はここか?」
「ううん……違うと思う……。何かさっきから後ろから着いてきてるような……」
「え……」
「ダメっ! 前向いてて……。私がいいって言うまで」
明美が背後を振り向こうとしたため止めた。
あの時、お寺の帰り道で感じた凍てつくような冷たい気配と同じものだった。私たちが来るのを知っていたのか『ソレ』はずっと私たちの後ろにいた。
「車に乗ってるの?」
「ううん。車の後ろを着いてきてる。遠くから」
「もう少しで祠の近くだ。もしかしたらそれに関係あるのかもしれない」
その会話をしてから30分ぐらい経った時、祠がある小道に到着した。気がつけばその気配はいつの間にか消えていた。私たちは車を降り、各自が用意した懐中電灯で荒れた道を歩き始めた。しばらく歩き続けると、小道の端に人が1人通れるような細い道があった。
『ビーーーー』
久が電磁波の強度を感知する機械の電源を入れるや否や、最も強い値を示した。
「その向こうに何かあるぞ。電子機器か何かあるわけでもなさそうだが」
「ちょっと待ってて」
達也が私たちを待機させると、ひとりで草が生い茂る狭い道を歩き始めた。達也が照らす懐中電灯の明かりが徐々に薄くなっていく。
「達也? 大丈夫?」
「ああ、ちょっと来いよ」
ひとりずつ縦に列を作って足場を気にしながらゆっくり歩き始めた。
「もしかしてこれじゃないか? お前が言ってた祠って」
それは祠というより、それっぽいものだった。全体が石でできており苔のようなものが生えていた。それはお墓のようにも見え、小さな社のようにも見える。
「それ何に反応してるんだよ」
探知機は未だに大きな音を鳴らしていた。
「わかんねぇよ……。こんな数値出たの初めてだ」
祠は中が空洞になっており、屋根のようなものがついていた。奥に何か文字が掘られていたようだが、長い年月を経て誰も手入れしていなかったのか掠れてしまい、祠自体も所々欠け始めていた。
「これ、本当に恵比寿さんを祀ってた祠なの?」
「いや……これは違うと思う。良い神様ならこんな嫌な感じはしないから。村の人たちは恵比寿様と言って、別のものを信仰していたのかも」
私はリュックサックから線香を取り出し、ライターで炙った。柑橘系の甘酸っぱい匂いが空気を染めていく。2、3分後、草陰で鳴く虫の声が消え静かになった。耳を凝らして聞くと微かに波の音が聞こえる。近くに海があるようだ。
「ふ……ふふ……」
どこからか高音で女の声が聞こえた気がした。だが、右隣にいた明美とはまた別の声質だ。
「聞こえる?」
「いや……」
「人じゃない……」
達也に聞こえないということは、この声は人だったものではない。人になりすました別のものを意味していた。
「明美、水筒と半紙ちょうだい」
「はい」
私は水筒の水を付属のカップに入れ、その中に長く切った半紙を3分の2ぐらいはみ出すように入れた。この半紙に水が染みて、それを辿って重力に反して外に逆流すれば、水に纏わる怪異が起きやすくなる場所を示している。達也が小さな木台を地面に置き、その上にカップを水平になるように置いた。
案の定、すぐに水が染みて上に上がってきた。そして、水は台をはみ出して地面に滴り落ちた。
「いる……」
「ひっ……」
明美は恐怖で私の腕にしがみついた。何かに見られている。そう思った私たちは、引き続き沈黙して周りの音を確かめた。
「もう何も聞こえなくなった。本当はやりたくないけど……」
「え、嘘……。もしかして、こっくりさんここでやるつもり?」
「意思疎通を図るにはそれしかないの。しばらく様子見てみたけど、直接会話ができる相手じゃない。気配はしてるのに、何も言ってこないの。でも、何か伝えたいことがあるみたい。私がお線香を持ってさっきの道まで誘導してみる。ここじゃ狭いわ。みんなは先に出て」
「気をつけろよ」
達也は他2人を誘導して狭い道を出た。私は線香の数を増やしテープで束にした。
「こっちに来て。言いたいことがあるんでしょ? あなたは何者? 村のことを教えてほしいの」
『ザザザザザ』
私が呼び掛けると、風もないのに周りの草が揺れ始めた。『ソレ』が動き始めた。懐中電灯を片手に線香の束を揺らしながら、道を出て行った。
「うぁ……うぁうぁ」
少し開けた道に出ると、女性のようにも聞こえ赤ん坊のようにも聞こえる高い声が背後から聞こえた。私は立ち止まり、声がする後方を振り向いた。
「あなた、喋れないのね……。でも、人の言葉は理解できるのね。だったら、協力してほしいの。大丈夫、悪いことはしないから……」
しばらく歩いていくと、車の近くに達也達が待っていた。
「やるよ……」
私がそう言うと、彼らは固唾を飲みゆっくりと頷いた。
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