第2話 湿った気配
「ねぇー、今年もやらない? 夏の定番!」
「また行くの? 明美、本当ホラーもの好きだよねぇ……。まぁ、そのためのサークルだし仕方ないか……」
「コイツ、映画行く時は必ずホラーだし、付き合ってる俺もいい加減慣れてきた。今年こそ、心霊探索同好会の一員として、ビビらずにスポットを回り切るんだ!」
「はぁ? できるわけねぇよ。お前、去年は小便ちびりそうだったとか散々弱音吐いてた癖に」
「う、うるせぇ……! いける気がするんだ……今回はっ!」
「久くん、毎回それ言うよね……」
前学期最後の講義が終わり、私たち4人はキャンパスの食堂で夏休みの計画を練っていた。彼氏の嶺岸達也(みねぎしたつや)そして友達の羽倉明美(はくらあけみ)、榎本久(えのもとひさし)と一緒に、毎年有名な心霊スポットへ肝試しに行くという行事をしていた。高校の頃から一緒だった私たちは、既に2桁を超える心霊スポットを巡っていた。
幸いなことに、変なものに取り憑かれたり心身がおかしくなったということは一度もなかった。
「恵ちゃんって、見えるんでしょ? 前、栃木の気伏神社行った時、着物着た女の人見たって言ってたよね? この前除霊した時も、一瞬で肩の重み取れたし。やっぱり本物なんだ」
「あぁ……まぁ、ね……。おばあちゃんもお母さんも見えてたらしいから、多分、遺伝かなぁ……」
久が何か面白そうに、スマートフォンをいじっていた。どうやら、有名な心霊スポットが載っているサイトを見ているようだ。サイトの背景からして、禍々しい雰囲気が出ている。
「俺、あそこ行きてぇなぁ。あった! ここ!」
「は? 伊豆? あぁ、そう言えば、ここ昔結構大きな村があったって話だな」
「達也くん、詳しいね。私のお母さんも伊豆半島出身なんだけど、その村、結構いろんな噂があるんだって。海から来た化け物が、人を攫うって」
明美は興味津々で久のスマホ画面を顔を寄せて覗いていた。
『チャラリーン』
「ひっ、何だ……ニュースアプリの通知かよ」
「もうビビってるし」
「だから、うるせっての!」
久はニュースサイトのアプリを開き、最新の記事を読んだ。
「おい、見ろよ……。19年前に行方不明になった女性が、月葉湖(つくばこ)の近辺で白骨死体で発見だと。あれ?ここ、俺たちが前行ったところだよな?」
「その女の人、家族がいたんだよね……。ご遺族、いたたまれないと思う……。当時小さい女の子がいたらしいけど」
「そんなことより、伊豆で決定でいいの? もしそこ行くなら、少し距離あるから早出してもらうことになるけど?」
達也はスマホを取り出して、スケジュールが書かれたカレンダーアプリを眺めていた。
「14日が全員空いてる。次の日も全員予定ないから、この2日間で行くことにしようか。当日の夜10時頃に行けば夜中までに着くな。後は天候次第になるけど」
「了解っす!」
「オッケー!」
「わかった……」
達也は私の曇った返事が気になったのか、様子をうかがった。
「大丈夫か?」
「え、あ、うん。ちょっと昔の話思い出してね……」
「もしかして、恵ちゃん、あの『かごめ唄』の話知ってるの?」
「え、明美ちゃんも?」
明美は少し驚いた顔をしながら、深く頷いた。
「お母さんがよく話すんだよ。あの村の出身じゃないけどね。聞いた話だと、悪いことするとかごめに足取られるよって……」
「かごめ? 鳥だろ?」
「そりゃカモメだよ、アホ」
「いてっ……」
達也が久の頭を軽く叩きツッコミを入れた。
「かごめって、籠に女って書くんだよ。昔、その伊豆にあった村で赤ん坊が間引きされて、海に捨てられたって話だ。そん時いつも殺されるのが女の子で、籠の中に赤ん坊と石を入れて海に沈めるんだ。昔は間引きなんてものはよくあったからここだけの話じゃないけどな」
「達也くんも知ってるんだ。大体おばあちゃんが言ってることと同じだね。でも、その捨てられた赤ちゃんが、たまに海から帰ってくるんだって……」
「そうそう、私も教えてもらった。その赤ちゃんは『籠女(かごめ)』って呼ばれる化け物になって、村に戻ってくるらしいの。でも、帰ってくるのは赤ちゃんの姿じゃなくて、綺麗な女の人なんだって。その村の男の人と結婚して子供を産むと、その子を海に連れて行っちゃうの……」
「捨てられたことに対する恨みかな?」
「それを検証するのが、お前の仕事だろ?恵」
「ちょ、待って……仕事って……」
ふと、祖母から聞かされた話が脳裏に蘇る。
『絶対に海に行ってはならん』
その言葉を思い出して我に帰った気がした。みんなの視線が私に向けられる。
「何やってんだろ……私……」
「恵ちゃん?」
「うん? あ、ごめんね……独り言」
久がスマホの時計を見てギョッとしていた。
「うわっ! やべぇ、もう4時かよ……。これからバイトだ。急がねぇと遅れる! ごめん! 先帰るわ!」
「うちらも帰るよ。急ぐのはいいけど、気をつけてね久。今度バイクで事故ったら死ぬかもよ?」
明美が久を冷やかす。最近、妙に2人の距離が近い気がするのは気のせいだろうか。
「怖いこと言うのやめろよなぁ、じゃ!」
久は小走りで食堂を後にした。
「俺らも帰ろうか。2人とも送ってくよ」
「あー、そういえば達也くん免許取ったんだっけ?」
明美が何か言いたそうな目で達也を眺めていた。彼女の眼差しを見て察したのか、一瞬目を細めた。
「俺は事故らん。駐車だって一発OKだったし。嫌ならひとりで帰りなぁ~」
達也がキメ顔で自分の運転の旨さを自慢してきた。
「えっ! やだよー」
「はいはい、私もこの後バイトあるから早く行こー」
私は苦笑いしながら、先に歩く彼らの後を追った。
『ぴちゃ……ぴちゃ……』
その直後、背後から何か濡れたものが床をつく音がしたような気がした。とっさに振り向いたが誰もおらず、代わりに祖母から漂ってきた柑橘系の、あの懐かしいお線香の匂いが漂ってきた。
「ねぇ……、急にごめん、やっぱり先帰っててくれない? ちょっと寄りたいところがあって」
「いいけど、大丈夫?」
「うん、この近くだからさ。うちは電車で帰るから」
「分かった。じゃ、14日に駅前で待ち合わせな」
「……うん」
漂うお香の香りが鼻から離れず、先に2人を返しひとりで帰ることにした。その違和感の元を辿るために。
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