その霊障、解決します!(全35話)

竹神チエ

1章 現場:相談所

第1話 幼馴染から「仕事手伝ってよ」と電話あり断る

 幼馴染のヒコから電話があったのは、蝉すら鳴かなくなった酷暑の昼下がりだった。


「オリリン、俺の仕事、手伝ってくんない?」


 オリリンはヒコだけが呼ぶ星空美織ほしぞらみおりのニックネーム。ちなみにヒコの名前は神原弥彦かんばらやひこだ。


「私が? なんでよ」

「だってオリリン、仕事やめて実家に戻ってんしょ?」


 美織は押し黙る。「ねーねー、オリリーン」と呼ぶスマホの向こう側に、仕方なく返事をするが、声は不機嫌だ。


「それ母さんがヒコに話したの? それとも噂になってるとか?」

「俺はおばちゃんから聞いた」

「あんのババ……」


 美織が実家に帰って二週間ほど経つ。

 いつまでも真夏のような日差しに、すっかり夏休み気分で過ごしていたが、彼女は二十四歳。学生ではない。そもそも今は九月である。


 だから来週あたりにはバイトでも始めようと考えていた。今だって求人サイトを眺めていたところに、ヒコから電話があったのだ。


 美織とヒコとは生まれた時、いや、腹の中にいる時から幼馴染と言える関係だ。同じ病院で同日の七月七日に二人は生まれた。


 お互いの家は学区の端から端の距離感だからご近所とは呼べないが、親同士が意気投合したこともあり、頻繁に行き来があり家族同然の間柄。


 美織にとってヒコは兄のような弟のような、あるいは親友のような手下のような……まあそんな相手だった。でも別々の大学に入った頃から少しずつ疎遠になり、年に数回会うか会わないかになっていき。


 最後に交わしたメールはヒコからの「正月おめです」だったから、半年以上経過したわけだ。ってのに急の電話だ。何事かと焦って出たのに、無職ディスりか。


「一応聞くけど、ヒコの仕事って何?」

「わあ興味出たー? ねー、手伝ってよ」

「だから仕事何してんの、って。ヒコはまだ学生やってると思ってた」


「学生っていうか大学に残って何やかややってたんだけどね、それは辞めた」

「今は?」

「おじちゃんの手伝い」

「おじちゃん? 誰それ。怪しい人?」


 ヒコは昔から社交的ですぐに友だちを作る。一方で美織は人見知りで、他人に声をかけるなんて死ぬか生きるかの選択を迫られない限りやりたくない。そんな美織からすると、ヒコの口から出る「おじちゃん」とはものすごく怪しく聞こえる。


「おじちゃんは俺んちのおじちゃんだよ」

「ハ?」

「母方のおじちゃん。マミーの弟だって」


 ヒコは半分白人の血を引いている。でも白人なのはアメリカ人の父親のほうで、母親は日本人だ。だから、おじちゃんは日本人だろう。でも。


「おばさんの弟って……。ヒコんち、おじさんなんていたんだ?」

「うん、いたんだって。ほら五月にジイちゃんのお葬式したでしょ。そんとき、俺も初めて会った」

「あ。お葬式、行けなくて、ごめん」


「それはいいんだけど。でもメッセくらい欲しかったなあー」

「ほんとごめん」

「なーんて。いいんだってば。オリリン、そんとき大変な状況にいた、って聞いてたし。今は平気そうで安心した」


 優しいヒコの言葉だが、美織はすぐに疑問を持つ。


「何の話? 私、大変じゃなかったけど?」

「でもおじちゃんが『美織ちゃんは今、幼馴染にかまってる暇ねーんだ』って葬式んとき言ったんだ。仕事とか彼氏とかで、すっごく忙しくしてたんっしょ?」


「えー、いつも通りだったけど」

「いつも通りなのに、ジイちゃん死んでもスルーしたんだ」

「……」

「へへっ、びびった? オリリン、俺、おこってないってば。ジイちゃん長生きでポックリだったし。でも嘘はつかんでね、ってこと。大変だったんでしょ? まあオリリンのことだから自覚なしに無理してたのかもね」


 んー、と応じながら美織は考える。仕事をこなすだけでも大変なのに、彼氏と同棲を始め、慣れない生活に疲れていたのも本当だ。


 だから葬儀の知らせも数日遅れて気づき、今さらどんな言葉を、と悩んで結局は流してしまった。幼馴染を気遣う余裕が自分にはなかった。それを指摘され——って。美織はいったんスマホから耳を離し、眉根を寄せる。


「あのさ、そのおじちゃん、私が忙しいとか彼氏とか、どうしてそんな話をヒコにしたの? 本当におばさんの弟? 悪いけどその人、気持ち悪いよ」


「雅也おじさんって言うんだって。俺に似てイケメンだよ、イケオジ? マミーとはあんま似てないけど本当の弟だってさ」


「でも今まで知らなかった叔父なんておかしいじゃん」


「それね。俺が悪い影響受けたら困るからって、マミーたち、おじちゃんのこと隠してたんだってさ。どっちみち修行や依頼で家に寄り付かんかった人らしいけど」


「修行って? あ、もしかしてお坊さん?」


 それで葬儀には来たのだろうか? 

 と思ったら違った。


「よくわからんけど魂を磨く修行するんだってよ。おじちゃん、除霊師だから」


「うさん……」


 せっかく美織が濁したのにヒコが続ける。


「胡散臭いっしょ。だから子どもの俺には隠してたの。大人になったから教えてくれたんだって。でもおじちゃん、本物の能力者だよ。俺も仕事手伝うようになって信じるようになった。あの人、スゴイ」


「へー」と生返事する美織に、「ほんとスゴイ人」とヒコは熱心に重ねてくる。


「だからオリリン、仕事手伝ってよ。昔からオカルトや怖い話好きだったじゃん。ぴったりだと思うなあ」


 ……娯楽で楽しむのと、仕事にするのは違うと思うけど?


「遠慮しとく。スーパーのレジ打ちするつもりだから」


 美織はまだ何か言っているヒコを無視して、電話を切った。

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