蛹の羽化を見守るバイト・2
「アルバイトの皆様、お集まりいただきありがとうございます」
「応募要項をよく読み、充分ご理解いただいた上で就労されたかとは思います。ですが念のため、私の方から注意事項を口頭で説明させていただきます」
眞藤は逆三角形の顔に黒いフレームの眼鏡をかけ、白衣を纏ったいかにも研究者然とした見た目の男だ。それもそのはずで、俺達が集められたのは某所にある研究所だった。
簡潔に言うと、俺が斡旋されたのは所謂裏バイトと呼ばれるものだった。近頃社会問題になっている闇バイトとはまた違うようで、例えば闇バイトのように強盗や殺人といった犯罪行為を犯して警察に厄介になるような真似はしないが、その代わり自らの命を危険に晒すような仕事らしい。だから賃金が高いのだ。
それでも、もう後がない俺にとっては充分魅力的だった。何もできずに海に沈められるよりは、どん底から抜け出せるチャンスがある方が何百倍もマシだ。一か八かの賭けに出る辺り、俺も失踪した友人に負けず劣らずのギャンブラーなんだな、と失笑した。
俤と呼ばれた男から紹介された仕事は『蛹の羽化を見守るバイト』なるものだった。本当にこんな仕事があるのか疑わしかったが、こんな胡散臭い仕事でも、成功するだけで簡単に百万が手に入る。賭けるならこれ以上ない案件だ。
それに話を聞く限り、命が脅かされるような内容でもなさそうだ。闇金に持ちかけられた時はどんな恐ろしい仕事が待ち受けているものかと内心ビクビクしていたが、話を聞いた俺は幾分か楽な気持ちで仕事に赴いた。
「皆様にはこれから毎日、同じ時間に蛹を持ってこちらに集まっていただきます。きちんと蛹を羽化させられたか確認するためです。無事に羽化するまで、必ずお集まりください」
説明が終わると眞藤から一人につき一個、虫籠が手渡された。百円均一ショップで売っていそうな、プラスチック製のチープな籠だった。この中に世話をする蛹が収まっているのだ。小枝に細い糸で繋がっている蛹は微動だにせず、死んでいるんじゃないかと思えた。
全員に虫籠が行き渡ったところで、この日は解散となった。
蝶の世話自体は、小学生の理科の授業の一環で行ったことがある。確か三年生の頃だったか。だが、飼育係でも真面目な生徒でもなかった俺は、まともに世話をしたことがなかった。
それよりも、蛹の中身はどうなっているのだろう。少しばかり興味を引かれた。
「どんな蝶になるんでしょう。楽しみですね」
虫籠を覗き込んでいると、意欲的な奴だと思われたのか、他の参加者から話しかけられた。
顔を上げた先にいたのは、どこにでもいる凡庸な顔立ちをした男だった。例えるならキャラメイクが自由なゲームで、一切の飾りつけを行っていない初期アバターのような。街ですれ違ったところで、例え知り合いだったとしても気づかないだろうと思えるほど特徴がなかった。
「えっと、アンタは……」
「
「……それって、本名ですか?」
思わず訊ねていた。何かの見本としてよく書かれる名前みたいだ。だが、目の前の特徴のない男にはむしろしっくりくる。
「いえ、偽名です。こういう仕事ですから、本名はなるべく避けてるんです」
山田と名乗った男は飄々と答える。俺も次から気をつけようと思った。それに、既に俺の名前は裏社会の名簿に載せられてしまっているだろう。裏バイトを成功させ、大金を手に入れて借金を返済した暁には、これまでの名前を捨てて新しい人生を歩んでみるのもアリかもしれない。
「えっ、山田太郎って……もしかしてあの山田さんですか!? 伝説の裏バイターの?」
上擦った声が上がった。俺達の近くにいた若い男が目を輝かせていた。どうにも小心者そうな男だ。
「えっと、この人そんなに有名なんすか」
「何言ってるんですか、山田太郎さんといえば、参加者が全滅するよう危険な裏バイトの数々を乗り越えてきたスーパーレジェンドですよ! この業界じゃ有名人ですよ。あなた素人ですか? あっ、サインください」
興奮気味に早口で捲し立てたと思えば、俺に向かって威嚇し、更に猫撫で声で山田にすり寄る。忙しい男だ。
「あの、僕ハナダって言います。実は僕、裏バイトはこれで二件目なんです。前のとこで山田さんの噂を聞いて、是非お会いしたいなって思ってたんですよ。山田さんにお会いできたら聞きたいことがあって、危険な裏バイトから生き延びるコツってありますか?」
自分だって素人に毛が生えた程度じゃないか、という文句は寸でのところで呑み込んだ。下手に口を挟んでまた睨まれても面倒だ。
「自分はただ、運が良かっただけですよ」
当たり障りのない返答をする山田は、ハナダの問いをのらりくらりとはぐらかしているように見えた。
「じゃあ、アドバイスとかありますか? 些細なことでもいいんで」
「そうですね……注意事項はきちんと厳守する。そうすれば案外なんとかなります」
成程、とハナダはもっともらしい顔で頷いた。
「基本をしっかりってことですね。でも山田さんと一緒なら、今回も大丈夫そうな気がします」
「いやいや、油断は禁物ですよ。常に危険と隣り合わせなんです。ちょっとの気の弛みが命取りになる仕事ですから」
山田の親切な忠告も、浮かれきったハナダの耳には届いていないようだった。
俺はそれ以上彼らに関わることはせず、虫籠を抱えて帰路に着いた。
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