第6話 決意と動揺

 今、お父様は何とおっしゃったの⁉


 私は絶望のあまり身体を凍てつかせた。聞き間違いじゃなければ、お父様は確かに「魔女を処刑する」と口にしたはず。


 お父様は興奮した様子で言葉をまくしたてた。


「聖女の覚醒がいつになるかとやきもきしておったが、18歳になる前に覚醒したのであれば何の問題も無い。ミアよ、よくやった。どれほどこの日を待ち望んでおったか分からぬ。それでは早速聖女叙任式を執り行おうではないか!」


 お父様がそう叫ぶと、一緒になって聖女神殿に入って来た大臣や神官達から歓声が上がる。


 すると、お父様のすぐ後ろにいた神官長レオは破顔しながら私の前にやってきて膝をつき首を垂れた。


「ミア様、いいえ、聖女ミア様! 我等神官一同、お喜び申し上げます!」


 神官長レオに続き、その場にいた神官達は同じように膝をつき首を垂れて同じ言葉を同時に張り上げる。


 瞬く間に聖女神殿内はお祝いムードに包まれた。


 私一人を除いて。


「お父様、お待ちください!」


 私が声を張り上げると、お父様は怪訝な表情を浮かべながら私を見た。


「どうしたのだ、ミアよ。何をそんなに興奮しているのだ?」


「魔女の処刑とはどういうことですか? 私は断固反対です! 即刻ただ今の発言を撤回なさってください!」


「それは出来ぬ相談だ。魔女は処刑するのが掟だ。覆ることはない」


「どうして⁉ ニーノは私の妹。魔女ではなくお父様の実の娘なのですよ⁉」


 すると、何故かお父様は驚いたように両目を見開くと、唖然とした表情で私を凝視してくる。


「ミアよ、そなたは何を申しているのだ?」


 お父様は苦笑しながら困ったように眉根を寄せた。それに続いて周囲からはクスクスと失笑が湧き起こった。


 私に向けられている失笑は何を意味しているのだろうか? 


 とてつもなく嫌な予感がする。


 すると、お父様は呆れたような声色で私に一言呟いた。


「お前に妹などおらぬではないか」


 その瞬間、私は目の前の視界がぐにゃりと歪んだような気がした。失笑を向けて来る周りの人達の姿が人間ではなく人の形をした何かにしか見えなくなった。


「お父様、何をおっしゃっているのか意味が分かりません。それはどういう意味ですか?」 


「言葉通りの意味だ。お前には最初から妹などいなかった。それだけのことよ」


 私に妹がいない? そんな馬鹿なことがあるはずがない。ニーノは確かにいる。今もあの薄暗い地下牢に閉じ込められているのだ。


「まさか最初からニーノをいなかったことにして存在自体を消し去ろうとなさるおつもりなのですか⁉」


 だとしたら最悪だ。そうなれば恩赦どころではなくなってしまう。


「これ以上話すことはない。ミアよ、よいからもう下がれ」


 お父様は答えるのも億劫と言わんばかりに下がるようにと私に手で合図をしてくる。その仕草はまるで野良犬でも遠ざけるかのような態度だった。


「いいえ、下がりません! ニーノを、実の娘を処刑するとはそれでも血の通った人間ですか⁉」


「黙れ! 我が娘といえどもそれ以上の無礼は許さぬぞ⁉」


 お父様の怒声によって歓声は打ち消され周囲の空気を凍てつかせた。


 私は構わず非難の言葉を続けようとしたが、お父様の鋭い眼光に射すくめられ吐きかけた言葉を呑み込んだ。お父様を恐れてのことではない。これ以上自分の機嫌を損ねれば魔女の処刑を早めるぞ、と目で脅されたような気がしたからだ。


 これ以上何を言ってもお父様に私の声は届かないことを悟った。いや、そもそも最初からお父様は私が聖女の力を覚醒するのに合わせてニーノを処刑するつもりだったに違いない。聖女就任の儀式と同時に魔女の処刑を行えばそれだけで故国の周辺諸国への影響力が強くなると目論んでのことだろう。


 今までニーノが処刑されなかったのは、私が聖女の力に覚醒していなかったから。


 つまり、ニーノの死を確定させたのは私自身に他ならないということだ。


 私は足元がおぼつかなくなるほどがっくりとうなだれ、思わず倒れそうになった。


 これ以上話し合っても意味が無いと悟り、私はお父様に一礼してその場を立ち去ろうと踵を返す。


 すると、背後から先程とは打って変わってお父様の優し気な声が私を呼び止めた。


「ミアよ、お前は幸運であったな」


「何がですか?」


「順番が逆であったならば、処刑されていたのはお前の方だったのだ。その幸運を女神に感謝するといい」


 お父様がそう言った瞬間、周囲がドッと湧いた。


 見ると人の形をした何かがゲラゲラと甲高い笑い声を上げている光景が目に映った。


 もうお父様の姿も直視することが出来なかった。


 思い出にあるお父様はいつも私に優しかった。優秀な王として民からも慕われ、私の自慢のお父様だった。


 でも、ニーノのことを口にしただけで温厚温和で優しかったお父様は烈火のごとく怒り狂い、その時だけは酷く叱責されたものだ。その為、私はしばらくの間、怒られるのが怖くなってニーノの名前を口にすることは止めた。


 それから少し大人になり、ニーノの境遇が理解出来ると、私は叱責されることも覚悟でニーノの待遇の改善を求めた。


 そのおかげでニーノの待遇は以前よりも遥かに良くなった。それでも悲惨の一言に尽きるが、私が毎日あの娘の元に行くことを黙認してくれていたのは親の情愛からくるものだとばかり思っていた。


 恐らく、お父様は面倒だっただけなのだ。この程度譲歩すれば、これ以上私がうるさく言ってこないだろうと思っての対応だったのだ。


 私は絶望のあまり何も考えられなくなりそのまま歩き続けた。


 ニーノは愛している。でも、お父様も同じくらいに愛している。このやりきれない怒りは何処にぶつければいいのか分からなかった。


 気づけば私は聖女神殿を後にし、中庭を歩いていた。


 ニーノに会いたい。会ってあの娘を思い切り抱きしめたい。


 その後はどうするの?


 決まっている。お父様がニーノを処刑するつもりなら取るべき道は一つしか無い。


 私はこれからニーノに会ってその提案をしに行くつもりだ。

 

〈もう時間がない。どうにかニーノを逃さないと〉


 中庭からいつもの道から地下牢に向かうと、出入り口前でリック君とガレンさんが笑顔で私を出迎えてくれた。


「おめでとうございます、ミア様! 遂に聖女様の力に目覚められたのですね⁉」


 興奮気味にリック君が私にそう言ってくる。


 ごめんね、リック君。今は貴方とお話している時間は無いの。


 すると、私の様子を察してか、ガレンさんがリック君の首根っこを掴み上げ、私から遠ざけてくれた。


「私達はいつものように何も見ておりませんので」


 ガレンさんはそう言うと、リック君を掴みながら後ろを振り返る。


「ありがとう、恩に着ます」


 急がなければ。


 時間が経てば経つほど脱出は困難なものになるだろう。


 受け入れ先を見つける暇はない。


 今は一刻も早くニーノを連れてこの城から離れなければ。


 私は薄暗い地下牢を駆け抜ける。


 そして、すぐにいつもの柑子色の明かりを発見する。


 私は鍵を取り出すと鉄格子の扉を開け、中に入った。


「おまちしておりましたわ、ミア御姉様……いいえ、聖女様」


 ニーノは何故か私を見た途端、額を石畳に押し付けるように平伏する。


 何故、ニーノまでそのことを知っているの⁉


 あまりの動揺に私は言葉を発することも出来ず固まった。


 ニーノは顔を上げると正座をしたままフフッと笑った。


「ミアお姉さま、今生のお別れを致しましょう」


 私は何も言えずただニーノを凝視するのだった。

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