第2話 死神の幻影
光の王国では双子聖女は不吉と呪いの象徴とされている。いや、正確にはその妹がだ。
双子聖女の伝説により、かつて実在したとされる双子聖女の妹が光の王国を滅ぼそうとしたおかげで、以来、双子聖女の妹は代々魔女の烙印を押されることになった。ニーノに被せられた鉄仮面は魔女の力を封じる為とその素顔を誰にも見られないようにする為のもの。
私は怒りを堪えながらニーノの頭に被せられた忌まわしい鉄仮面を睨みつけた。
可哀想なニーノ。その鉄仮面には封印魔法が施されていて、無理に外そうとすればニーノは死んでしまう。そのおかげで、私は愛おしい妹の素顔を一度も見たことがないのだ。
私は思わずアップルパイを堪能中のニーノを自分の方に引き寄せ、思い切り抱きしめてしまった。
「ミア御姉様、ハグしてくれるのは嬉しいけれども、ちょっと痛いわ」
「あ、ごめんなさい」
私は慌ててニーノを解放する。
「可愛い妹を愛でたいのは分かるけれども、それはお食事の後にしてね。食べ終わったらいくらでもハグしてもいいから」
ニーノは茶化す様にクスクスと笑うと再びアップルパイを頬張った。
もう少し待っていてね、ニーノ。きっとそのおぞましい鉄仮面を外してあげる。私が聖女の力にさえ目覚めさえすれば貴女を助けることが出来るはずよ。
そんなことを考えながら私もランチボックスの中にあるアップルパイを一切れ持ち上げた。
「私も食べようっと。ニーノ、紅茶を今淹れてあげるわね」
私はランチバスケットの中に入れておいたポットを取り出すと、用意していたカップに紅茶を注いだ。
その後、私達姉妹はアップルパイと紅茶でランチタイムを楽しんだ。
「ご馳走様でした。もうお腹いっぱい~! 配給される塩スープと固いパンだけじゃ足りなくって」
ニーノはお腹をさすりながら満足げに呟いた。
しかし、私の心はたちまち怒気で満たされる。
「何ですって⁉ ニーノの食事を改善するよう、お父様にお願いしたのに……‼」
お父様の姿を思い浮かべながら、私は怒りのあまりスカートの裾を思い切り握りしめた。
私は以前、お父様にせめてニーノの食事を改善するよう強くお願いしていた。その時、お父様は怪訝な表情を浮かべながらも改善を約束してくれたはずなのだ。それなのに年頃のニーノに対し一日の食事が塩スープと固いパン一個だけだなんて。
ニーノは囚人じゃない。いわれのない罪で投獄されているだけの冤罪被害者なのだ。
あまりの怒りに身体がプルプルと震えるのが分かった。怒りに囚われてはいけないと思いつつもニーノに対する理不尽な扱いにはもう我慢の限界だった。いざとなればニーノを連れて隣国に亡命することも考えているが、聖女の力に目覚めていない今の私には価値が無い。私の故国との軋轢を考え、受け入れてもデメリットしか無い私を匿ってくれる国など存在しないだろう。
その時、ふと、脳裏に『夜の国』という単語が思い浮かぶ。
夜の国とは魔王が存在すると言われるおとぎ話の国。決して昼が訪れず闇夜に包まれていることからその名で呼ばれていた。
でも、かつて光の国と呼ばれたライセ神聖王国と夜の国は戦争をしていたという伝説も残っている。双子聖女の呪いの伝説もその時誕生したとされていた。
例え実在していたとしても敵であった国の王族を匿ってくれるわけもないか。いけないわね。おとぎ話に頼っているようじゃニーノをいつまで経っても救うことなんか出来ない。もっとしっかりしないと。
そんなことを考えていると、私の手の甲に冷たい感触が走った。見ると心配そうな空気を纏ったニーノが私の手を握っていた。
「ごめんね、ミアお姉さま。私、そんなつもりで言ったんじゃないの。私は大丈夫だからそんなに怒らないで」
「ニーノ、貴女が謝る必要はないわ。私こそごめんね」
本当なら力ずくでも今すぐここから貴女を出してあげたい。でも、まだ私にはその力が無い。もしそれを強行しようものなら、私は死ぬまでここに来ることが出来なくなってしまうだろう。きっとお父様も私の行動に気付いている。でも今は目こぼしされているだけなのだと馬鹿な私にだって分かっていた。
「大丈夫よ。私が正式な聖女に就任したら、その力であなたのこと救い出すからそれまでもう少し待っていてね」
「うん、ありがとう、ミア御姉様。その時は私、一つだけお願いがあるの」
「なあに? なんでもおっしゃい。私がきっと叶えてあげるわ」
「ミアお姉さまと一緒に朝陽を眺めてみたいわ」
普通ならば誰でも容易く出来ることでも、地下牢に幽閉されているニーノにはそれが叶わない。
「ええ、もちろんよ。きっと二人で眺める朝陽は最高でしょうね」
「約束よ、ミアお姉さま。楽しみにしているね」
そうして私達は互いに見つめ合い微笑み合った。
しかし、この時、私はまだ知らなかった。
これが私達が姉妹として最後に交わす会話だったことに。
背後に死神の影が迫っていることなど気づきもせず、私はいつものようにニーノに別れの挨拶をして地下牢を後にした。
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