第2話

母に怒られた後、直ぐ様家を出た。母はその様子を見ていたが、特に何か言うことは無かった。


きっと、遊びに行こうとしているのだと思っているのだろう。 しかし、そんなつもりは一切ない。行く宛は無いけれど、本当に家出をするつもりだ。何せ、この家には居場所がないのだから。


私はお気に入りの鞄だけ持ったまま、とぼとぼと歩いていく。行く先なんて決めていない。ただ感情の赴くままに、歩を進める。


そうして辿り着いたのは、中学校近くにある森の中だった。森を選んだのは、何故なのだろう。そこならば、一人になれると思ったからだろうか。

「薄気味悪い場所ねぇ」


森に入った途端に私はそう言った。事実、そこは薄暗く不気味な場所だった。


縦横無尽に立っている、どこか無機質な人工樹。それに生えている、暗い緑色をした苔。木の枝に張り付いている、蜘蛛の巣。


そういった視覚的な情報が、私の心を徐々に不安にさせていく。いや、私を不安にさせたのはそういったものばかりではない。


枝を折る度に鳴るポキポキという音。時折聞こえる、甲高い鳥の声。冷たく鳴り響く、風の音。


そういった気味の悪い音もまた、私を怖がらせている。にも関わらず、私は森の奥を目指していく。何故か、そこには居場所があるような気がするからだ。


ただ、この森が不気味なことには変わりない。また、何かが出そうな気さえしていた。


出るとしたら、何が出るのだろう。お化けだろうか。それとも、宇宙人だろうか。何にせよ、非科学的なものが出てきそうな雰囲気が漂っているのは確かだ。


そんなことを考えていると、あることを思い出す。

「そういや、ここは『魔女の森』って呼ばれてんだっけ」


誰がそう呼び出したのか、そもそも何故そう呼ばれているのか。そんなことは私にも分からない。


ただ、魔女の森というからには、魔女が出てくるのだろうか。恐らく、それを恐れて普段は誰も近づかないのだ。

「魔女か──いるとしたら、どんな人なのだろう。やっぱり、よぼよぼのお婆さんなのかな。きっと、見つかったら酷い目に遭わされるんだろうな」


私はそんなことを呟くが、決して心からそう思っている訳ではなかった。魔女なんか、この世に存在する訳がない。それくらいのことは、頭の悪い私でも分かっていることだ。


暫く歩いている内に、私は開けた場所に辿り着いた。そこは周囲に人工樹がなく、ただ中央に切り株があるばかりだ。

「疲れちゃったな。ここに座ろうかしら」


切り株以外何もないその場所は、どこか神聖な雰囲気に包まれていた。樹の隙間から差している青白い光が、更にそんな雰囲気を醸し出している。だからだろうか、ここにいると妙に落ち着く。


私はその切り株に腰を下ろす。そして、鞄の中から本を取り出した。

「何だか、ここにいると落ち着く。今までは怖かったけど、ここだけは何かが違うわ」

私はそう呟くと、その本を読み出した。


それから、どれ程の時間が経過したのだろうか。本を読んでいる内に、気づけば周囲が暗くなっていた。本に夢中になる余り、時間を忘れてしまったのだ。

「どうしよう……暗くなっちゃった……」


周囲は暗闇に包まれており、何も見えない状態だ。それに加え、懐中電灯等も持ってきていない。一体、どうやって帰れば良いのだろうか。


私の心は不安でいっぱいになっていく。このまま夜を明かしたくないが、かといって歩くのも怖い。どこかで躓き、怪我をする可能性だってある。


私の周囲から何やら音がしたのは、その直後のことだった。というのも、前方からみしみしと何かを踏みしめるような音が聞こえだしたのだ。


きっと、何者かがこちらに近付いているのだ。それは何だろう。熊だろうか。それとも、本当に魔女が近付いてきたのだろうか。 逼迫した状況に、心はパニック状態になる。

「いやああああああ!」


私は甲高い悲鳴を上げる。気づけば目元からは涙が流れだし、鼻水も吹き出ていた。きっと、今の私は酷い顔になっているに違いない。


私とは違う人の声がしたのは、その直後だった。

「やっぱり、誰かいるのね!」


それは若い女性の声だった。こんな所に若い女性がいるとは思わず、更に驚愕させられる。


声のする方を見ると、丸い灯りが周囲を照らし出していた。その奥には、懐中電灯を持った女性の姿がある。どうやら、先程の音は彼女が鳴らしていたらしい。


彼女は私の姿に気づくと、こちらに近付いてくる。そして、心配と怒りが混じった声で言った。

「こんなところで何してるのよ。それも、こんな時間に」


言い終わる内に、彼女は私の直ぐ側まで来ていた。灯りからぼんやりと浮かぶその顔は、とても美しかった。はっきりとは見えないけれど、美人であることだけは分かる。


私は彼女に見惚れていたが、やがて問いに答える。

「本を読んでただけだよ」

「本当にそれだけなの?」


どうやら、彼女は何かを察しているようだ。隠しても無駄なようだから、正直に家出した旨を白状する。

「ママと喧嘩して、それでここに来たの。家には居場所がないから」


それを聞くと、彼女は同情するような表情を浮かべる。そして、こんなことを尋ねるのだった。

「じゃあ、私の館に泊まっていく?」


彼女は館に住んでいるようだ。こんな時間に森にいるのだから、森のどこかに館があるのだろうか。こんな所に住んでいるだなんて、変わった人だ。


それは兎も角、どう答えるべきだろう。私としては、あまり家に帰りたい気分ではない。しかし、これ以上森にいるのも嫌だ。


迷った末、私はこう言った。

「ううん、私は家に帰るよ」

すると、彼女は一瞬残念そうな表情を浮かべる。けれど、やがて微笑みを浮かべこう言った。

「それがいいわ。両親が心配してるだろうから、早く帰りなさい。私が出口まで連れていってあげるから」


彼女はそう言うが、本当に両親は心配しているのだろうか。もし何とも思っていなかったとしら、それはそれで辛いものがある。








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魔女と孤独な人形達 @kamori128

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