魔女と孤独な人形達

@kamori128

第1話

その日の放課後、私は普段と同様に家路をとぼとぼと辿っていた。 その隣にいる赤いセーターを着た女の子は、雪子という私の友人だ。彼女とは小学生の頃からの仲で、毎日こうして共に歩いている。


空は呆れる程に晴れ晴れとしていた。雨雲等一つもなく、雨が降りそうな気配はない。まるで絵の具で描いたかのような、そんな淡い空模様だった。


その一方で、私の心は曇天のような感情に支配されていた。何故なら、今日のテストで酷い点数を取ってしまったからだ。


きっと、親にテストを見せれば酷く怒られるだろう。そんなことを思うと、家に帰るのが嫌になってくる。


その思いは、隣の雪子にも伝わったらしい。雪子は先程までお喋りをしていたが、不意に口を閉ざす。そして、心配そうにこう尋ねてくるのだった。

「充希、何暗い顔してんの?」


そう聞かれ、どう答えるべきか当惑してしまった。正直にその理由を答えると、自分の頭の悪さまで露呈することになる。それはプライドが許せなかった。


しかし、それと相反する感情もあった。この不安を誰かに打ち明けたいという思いもまた、確かにあったのだ。


迷った末、私は打ち明けることにした。

「今日、テストがあったでしょ」

「うん」

「その点数が酷かったんだ。数学なんか三十点しか取れなかったの。こんなことママに言ったら、大変なことになっちゃうよ」


私は憂鬱な気分になり、自然と溜め息が出てくる。

「はあ……」


雪子はそれを聞くなり、反射的に言葉を返す。

「何、安心しなよ。私なんてもっと酷い点数だったよ」


雪子はそう言うと、鞄を道路に置く。そして、その中から一枚の紙を取り出した。

「ほら、見て!」


それは、数学の答案だったらしい。私はその点数を声に出す。

「二十点」


雪子は胸を張り「えっへん」と言う。どうして、そんな態度を取れるのだろう。私には不思議に思えてくる。


呆気に取られている私を見て、雪子はこう言った。

「上には上があるように、下には下があるの。だから、気にしないで」


どうやら、点数を見せたのは雪子なりの気遣いだったらしい。しかし、それで心が宥められる訳もなかった。


私が憂鬱なのは、点数が悪いからではない。この点数を親に見られることが辛いのだ。

「ありがとう、雪子。でもね、私は点数が悪いからショゲてんじゃないの」

「どういうこと?」

「ほら、親に見せないといけないでしょ。すると、特にママが怒るだろうから」


そこまで聞くと、雪子は事情を察してくれたらしい。納得したような表情を浮かべると、やがてこう言った。

「そっか……充希ん家も厳しいんだ」

「雪子の所も厳しいの?」

「うん。成績が悪いと、直ぐに怒るんだ。ママやパパにとっては、私よりもテストの方が大事なんだよ。二人が受けたテストでもないのにね」


雪子は笑みを浮かべながらそう言っていた。けれど、言い終わった後に切なげな表情を浮かべる。


能天気に見える雪子だが、彼女なりに思い詰めていることだってあるのだろう。そして、それは私と同じ類いのものなのだ。


私達は同類の人間なのかもしれない。友人関係になったのも、偶然ではなく必然なのかもしれない。私はそんなことを思いながら、雪子と共に尚も家へ向かうのだった。


暫し歩いた後、私達は交差点に着いた。そこは、雪子との別かれ道である。


私は立ち止まると、雪子に手を振った。

「じゃあね、また学校で会おうね」


私ができるだけ快活な声で言うと、雪子もまた手を振ってくれた。

「うん。これから、二人していっぱい怒られようね」


雪子はそう言うと、笑みを浮かべた。私もまた笑みを浮かべると、再び手を振る。


雪子は私に背中を向けると、交差点を左に曲がる。そして、その姿は見えなくなっていくのだった。

「行っちゃった」


雪子が見えなくなると、何故か猛烈に悲しくなってしまった。明日も学校で会えるはずなのに、一人ぼっちにされたような気分になったのだ。


けれど、雪子を追いかける訳にもいかない。陰鬱な気分になりつつも、交差点を真っ直ぐに進んでいく。


雪子が交差点で言っていたことは、後に本当に起こってしまった。

「何よ、この点数! こんな点数取って、恥ずかしくないの! いや、私が恥ずかしいわよ! 出来の悪い娘だって、ご近所さんから笑われちゃうわ。まあ、中学生のあんたには分からないだろうけどね」


家に帰り、母にテストを見せた瞬間に言われた言葉がそれだった。


母は美しい顔をしているが、怒るとその表情は歪む。まるで般若のような、怒りに支配された顔になるのだ。


私はその顔を見る度に、恐怖に心を埋め尽くされてしまう。そして、何も言えなくなるのだ。


けれど、母はそんなことは知らないらしい。

「ちょっと、何か言いなさいよ。恥ずかしくないの?」


そう言われた所で、私にとってテストはどうでも良いものに変わり無い。学校は友達と会って、一緒に遊ぶ場所。勉強なんて、そのおまけのようなものなのだ。


けれど、そんなことを言えるはずはない。

「ごめんなさい」

私はそれ以外の言葉は、何一つ言えないのだった。


それから、どれ程叱責され続けたのだろうか。かれこれ二十分は経った頃には、母の怒りは収まっていた。


しかし、機嫌が良くなったとは言えない。むしろ、怒りを通り越して嘆き悲しんでいるように見える。


そんな母は、悲しげな瞳で私を見下ろしつつ、こう吐き捨てるのだった。

「あんたなんか、私の子じゃ無かったらいいのに」


その言葉は、私の心をナイフのように抉った。心は悲しみという名の血を噴水のように噴き出す。


気づけば、瞳からは涙が流れていた。それは頬を伝い、やがて床に落ちていく。


私は涙でできた水溜まりを見ながら、心の中で決意する。この家から出て行かなくちゃ、と。





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