勘解由大路沙也加のクリスマス

卯月二一

第1話 勘解由大路沙也加、襲来!

※この作品は拙作『ブラックベリーシンドローム~「知的な」勘解由大路沙也加かでのおおじ さやかと俺の初デート~』の時系列的には過去のお話しとなります。


 12月24日。


 世間様でいうところのクリスマス・イブっていうやつだ。そんな特別な日に彼女も予定もない俺は、親戚である父の妹、叔母さんの経営するケーキ屋で働かされている。


「ハジメくん。似合ってるじゃないの」


「そんなこと言って。そうやってなけなしの俺の労働意欲を喚起しようとしても難しいんだけど……。この格好じゃなければ、俺、頑張れる気がする……」


「駄目よ、ケーキ屋さんの販売スタッフがその格好しなくてどうすんのよ。ほら、お向かいのカラオケ屋さんのお兄ちゃんたちを見習いなさい、頑張ってるじゃないの」


 ガラス戸越しに見える商店街通りでは、大声を出してカップル割引がどうとかドリンク飲み放題とか宣伝している、サンタ姿の大学生っぽい男性が二人見える。あれは頑張っているというより……。見方によってはこんな日になんでシフトに入ってるんだよって、自棄糞やけくそになって叫んでいるとも受け取れる。いや、俺と同じで特に予定などないのかもしれないのだけど。


「へいへい。でもバイト代は、はずんでよね!」


「うーん。この物価高騰のご時世、原料費も上がっちゃっててね。でも、地元の皆さんに喜んでほしいから無理してクリスマスケーキの値段、今年も据え置きなのよ。だからごめんね。ハジメくんのも据え置きで」


「おぅふ」


 知ってた。ウチの叔母さん、儲けというよりこの仕事をお客さんとの繋がりというか、人付き合いの一環としてやっているところがある。とはいえ赤字になることもなく、ほどほど生活できる利益を二十年堅実に維持してるって父さんが感心してたのを思い出す。店の奥でケーキを作っている叔父さんは、海外で修行してたとかで腕は一流。この店の商品の味は俺も認めるところではある。


「いらっしゃいませ!」


 叔母さんの声で、お客さんが来店したのを知った俺は振り返る。静かに開いていた自動ドアのところに立っていたのは、勘解由大路沙也加かでのおおじ さやかだった。漢字変換すると八文字に及ぶ長い名前の彼女は、ウチの高校のアイドル的存在、というかカリスマ。市内の男子高校生で知らないやつはいないとまで言われる美少女である。


「勘解由大路です。予約していたケーキを受け取りにきました」


 突然の登場に接客どころではなく固まっている俺を、彼女が一瞥いちべつしたような気がした。


「おっ、沙也加、このお店にはイケメンなサンタさんがいるようだ」


 沙也加さまを呼び捨てだと? イケメンっていうのはアンタのことじゃねえかよ! 勘解由大路沙也加の隣に立っているのは、まるでモデルのように手足が長く高身長で、高級そうな革のコートをまとったパーフェクト野郎だった。こいつは沙也加さまの彼氏なのか? 


「ああ、森くん……。あなたクリスマス・イブに勤労しているのね」 


 き、勤労って……。たしかに言葉としては間違いではないのだが。それよりもこの恥ずかしいサンタコスについて一言もないほうが辛い。一応、同じクラスで彼女は俺の左後ろの席だ。ほぼ会話など恐れ多くてできないのであるけども。ん? いま、俺の名前を呼んだ? クラスメイトだから当たり前なのだが、彼女が俺を森一もり はじめ、いや、森として認識してくれていたことに今、猛烈に感動している。


「あ、ああ……。じゃなくて、はい。ご予約のケーキですね」


 俺はカウンターに入り、伝票を確認する。精算済みっと。俺は店の奥に入り叔父さんに確認してから、注文のケーキを持ってくる。叔母さんは俺のクラスメイトの女子の登場にニヤニヤするだけで働こうともしない。雇われの立場の俺としては残念なことに文句は言えない。


「沙也加ちゃん、いつもありがとうね」


「はい、おばさん。こちらのケーキは祖父も毎年楽しみにしておりますので」


 なんと叔母さんトコのケーキは、勘解由大路家の御用達ごようたしであるようだ。


「じゃあ、ケーキは僕が持つよ」


「うん、お願い」


 パーフェクトイケメンが、カウンターの上に置いたケーキの箱を手に取る。くっ、なんでもない動作のはずなのにどうして俺の目にはキラキラエフェクトが見えるのだ。同じ人間、同じ男だというのに神というのはなぜ等しく平等に人類を作らなかったのか。沙也加さまの態度も非常に自然である。ここから推測されるのはカップル歴は実は長いのか?


「じゃあね、ハジメくん」


 いま、ハジメくんと俺の名を呼んだのは、沙也加さまではなくイケメンのほうだ。なぜ、俺の名を?


 ああ、首から掛けてたネームプレートか……。叔母さんが商店街の人たちに俺のことを覚えてもらおうと、わざわざ作ってくれたのだけど、正直困ります……。


 イケメンの何かを含んだ笑みも気になるのだが、それよりもこのあと二人はどこへ? まさか彼氏ん? 


 いやいや、あのケーキは祖父が楽しみにって……。ということは自宅直帰?


 あの二人は家族公認の……。俺はそんな自分にとっては全く関係のない妄想に溺れそうになったが、すぐに次々とお客さんが来店したので、ちゃんと現実世界での勤労に励むことはできたのであった。

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