自分語り、お聞きします~転生幼女の異世界社会人接待録~
キャプテン・ふっくん
第1話 居場所を失った冒険者の自分語り
「……え? 女の子……?」
来客を知らせる鈴の音と、素っ頓狂な男の声が店内を巡った。
男の視線の先には、琥珀色の照明の下――グラスを磨く幼女が一人。異常な光景であった。
何が異常かと言うと……この店の外観も内装も、全てがオーセンティックバーそのものだったからだ。お酒を提供する店の、店員がいるはずの場所にいるのは、酒をたしなむはずもない可憐な幼女。
男は口を半分開けて困惑していたが、そんな男を見て幼い店主も少しだけ困惑していた。その男は中年に差し掛かっているのに、薄汚れた鎧とマントを纏い、腰に剣をぶら下げていたのだ。
「冒険者」……もしくは「トチ狂ったコスプレおぢさん」のどちらかだろう。と幼い店主は判断した。不審者でないことを祈って、店主はとりあえず接客することにした。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
好きな席……と言いながら、座れる場所はカウンターの2席しかない。困惑の色を隠せない男は、渋々とその一席に腰を掛けた。
男が訝しげな顔で店内を見渡してみると、綺麗な白い毛並みの狼に目が行った。ギョっとしたものの、丸まってこちらを見ているだけで何かする様子はない。
「その……君。この店はいったいどんな店なんだい?」
「この店では、私の提供する飲み物を片手に、お客様の好きなように自分語りをしていただいております」
「自分……語り?」
「この店の扉は、自分語りがしたくて堪らないお客様にのみ開かれますので」
「は、はぁ……」
花も恥じらうような可憐な少女の大人びた言い回しに、男は少し圧倒されていた。少々失礼な決めつけをされた事にもまるで気付いていない。
「身近な人には言えない類の愚痴や鬱憤、ご自身の武勇伝なんかがあるのでは?」
店主は客の男にまるで興味を持っていないかのように背を向けて話しているが、その裏で流れるような動きで棚から何かが入った瓶をいくつか取り出した。
そしてそれらを小ぶりな容器に注ぎ、ハチャメチャな手つきでシェイクし……グラスに注ぐ。
ちょっとこぼれている。素人目にも、素人にしか見えない技術であった。
「それは……お父さんか誰かの真似事なの?」
「女神様より賜った、不思議な力に身を任せているだけですよ。このバーは、見た目より腕がウリですので」
「フフ……腕、ね……」
幼い子供が大人ぶって何かをしている……そんな微笑ましさが男の困惑と緊張をほぐした。目の前のグラスには、真っ青な色をした変なドリンク。匂いを嗅いでみると、アルコール特有の香りがしない。
「さすがにお酒ではないんだね」
「アルコールは入っておりませんが、女神様のご寵愛が入っております。さしずめ、『女神汁』と言ったところです」
「不敬~」
軽口を叩いているが、男は疲れていた。何かバカらしい空気に身を任せてもいいような程に。
見ず知らずの、社会の冷たい風を知らないはずの幼女に、自分語りをしたくなるほどに。
不敬にもほどがある女神汁を口に運ぶと、身を任せたくなるような心地よさに包まれ……誰かが隙を見せたわけでもないのに、自分語りをし始めた。
「俺は……現実を見て、ちゃんと働かなきゃいけないんだろうか……」
男の口から飛び出たのは、武勇伝ではなく悩みの類であった。
この切り口では、まだ目の前の男が「冒険者」と「トチ狂ったコスプレおじさん」のどっちかの判断がつかないな……と幼い店主は思った。
しかし、少女はポーカーフェイスを崩さない。前世で培った、営業スマイルが染みついているのだ。
「俺はこれでも、名の通った冒険者だったんだ。女も何人も侍らせてたよ。でも魔王が勇者に倒されて……我こそは勇者なりと息巻いた冒険者たちは皆お払い箱になっちまった。
俺のパーティメンバーは、久しぶりに会ったら農夫になって嫁と子供をこさえてた。この前、バカでかいイチモツみたいな人参をおすそ分けされたよ」
どうやら男は、ドギツイ下ネタを向けてる相手が幼女であることを忘れているほどに酔い始めているようだ。しかしこの幼女、ただの幼女ではない……。ド級の幼女、ド幼女……ではなく、転生者である。
不慮の事故で命を落とした中年男性の魂が女神に導かれ、気付いたら幼女の器に入ってしまった。故に、下ネタには耐性があるのだ。
しかし、魔王が倒された……か。どうやら今回の客は「そういった設定の世界」から来たようだ。この店の扉は、様々な異世界の中に現れる。
それに、目の前の男が中年コスプレニキではなく、れっきとした冒険者であった事に幼い店主は安堵した。誰だって、変態の相手は勘弁である。
「一緒に夢を追ってたはずの仲間が、地に足付けて生きていて幸せそうに笑ってたんだ。ちょっと前まで、俺と一緒にバカやって笑ってたのに……。俺も、商人でもやってみるかと思って試したが……性に合わなかったよ」
中年基準の「ちょっと前」ほど曖昧なものはない。おじさんはいつまで経っても自分が若いと勘違いする生き物で、実際に若かった頃が「ちょっと前」に思えてしまうのだ。目の前の男は、結構長い間悩み、彷徨ってたのかもしれない。
「真っ当な労働というのはどうも退屈なのに……そのくせ得られる幸福感の量は見合わないものですよね」
「どんな子供だよ、君……。いや、そんなナリでも店の主か。まあその通りさ。どうも俺は夢なき所で息ができないみたいで……今の世の中は息苦しいんだ」
世の変遷で、生業を失う人は後を絶たない。技術の革新、悪政など理由はさまざまである。目の前の男の世界は「魔王が討伐された後の世界」だ。平和になったが故の不幸は店主が経験したことのない類である。
そのため、店主は適当に“それっぽい事”をいうことにした。この店が悩める客に提供できるのは芯を食った救いではなく、それっぽい納得感である。
「あなたは、“ここにいていいんだ”という居場所が見つかっていないのですね」
「……そうだね、今は一人ぼっちだ」
「でもそれは、あなただけがそう思っているのかもしれませんよ」
「うん?」
「あなたの周りは……世界はあなたを拒絶していない、という事です」
「……それは、どうだろう」
この男は「世界に拒絶されている」という被害妄想をしている様に店主には見えている。でも、その事をそっくりそのまま客にぶつけるのは客商売をする者の所業ではない。
「お客さんはこう思っていませんか? 平和に笑っている奴は呑気だと。地味な事をして生きるなんて下らないと」
「……!」
図星、と言ったところだろう。まあ、これはこの男の言葉からにじみ出ていた事だ。
「私の目には、むしろあなたの方から世界を拒絶しているというか、遠ざけているように見えます。そしてその原因は……あなたのプライドにあるのでは、と思います」
「……プライド?」
「自分は特別な存在で、周りの人とは違う、住む世界が違う……と思っていませんか?」
「い、いやいや……そんな……。子供じゃ、ないんだから……」
否定する言葉を吐いた割りに歯切れが悪く、次の言葉は出てこなかった。目が熱帯魚くらい泳いでいる。答えは、自分がよく分かっているのだろう。
「……ご存知の通り、あなたは周りの人と同じ一人の人間です。周りの人が感じる幸せを、あなたが感じられないとは私には思えません」
「それは……そうかもしれないけど」
「あなたの悩みは、あなたが周りや世界を受け入れる事ですんなり解決すると思いますよ」
「受け入れる……」
「難しい事ではありません。受け入れるとは、目の前の出来事を否定せず、実直に向き合う……たったそれだけです」
なんか、それっぽいところに着地できそうだ……。店主は相も変わらず営業スマイルを崩さないが、心の中でそっと胸を撫でおろした。
この店は、店主の出たとこ勝負な綱渡りのトークで持っているのである。でも、酔っぱらいにはその是非を判断できまい。
「とある場所には、“酸っぱい葡萄”という言葉があります。自分には手が届かないと思ったものに対し、あれは大したことがないものだから自分には不要だ、と自己正当化するという意味の言葉です」
「……」
「ですが、自ら手を伸ばそうと努力すれば、葡萄の甘さを確かめることができます。あなたも手を伸ばせば……周りを受け入れれば、あなたも周りに受け入れられていることを実感できるでしょう。やがて、そこに夢や幸せを見出せると思いますよ」
「……不思議な子供だね、君は」
男は、グラスを片手に遠くを見ていた。チャカチャカと何か音がしたと思ったら、店の脇に丸まっていた白い狼が、男の足元に歩み寄る音だった。その狼は男の足元に座り込み、男の顔を見上げた。
「その子は、あなたを受け入れたみたいですね」
「今まで受け入れてもらえてなかったの……?」
「動物の心は、私にはわかりかねます。でも、その子は受け入れた相手には体を撫でさせてくれます。試してみては?」
「へぇ……」
男が狼の体をワシワシと撫でると、狼はキュゥキュゥと嬉しそうな声を上げた。最初は狼を警戒していた男だったが、今は果たしてどうだろう。
「ははっ……かわいいな、お前」
「おもしれー狼、でしょう?」
「はい?」
「いえ、なんでもありません」
男はその後、もう一杯だけ女神汁を飲み、立ち上がった。
「ありがとう、小さなバーテンダーさん。少しだけ楽になったよ。お代はここにおいてくから」
「こちらこそ。また自分語りがしたくなったら、どうぞお越しください」
店主が微笑みながら見送ると、男は疲れた足取りで店を出て行った。
「世界を受け入れる……か。果たして、前世の私はできていたんだか」
扉が閉まった後、店主は静かに呟いた。
この幼女には、前世の記憶がほとんどない。覚えているのは自分が元々中年男性だったことくらいという、なんか非常に嫌な状態で転生してしまったのだ。
少女には、語るべき自分が無いのである。
「それに君だ。私に懐かないくせに、お客さんには懐くんだね」
「グルルルル……」
店主が撫でようとすると、狼は口元に深くしわを寄せ、小さく唸った。ずっと同じ屋根の下にいるのに、一向に懐かないのだ。
「まったく……おもしれー狼、だね」
ため息を一つ着いた後、店主の幼女は新しい客を迎える準備を始めたのだった。
自分語り、お聞きします~転生幼女の異世界社会人接待録~ キャプテン・ふっくん @captain_fukku
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