しっくす・わんわんわんわん

──山葵田side


 サキちゃんを預かり、今日で三日目。楓真が眠り続けて三日経った、とも言える。


 その間俺は時間が許す限り楓真のお見舞いに行ってはサキちゃんの写真を自慢してきて、帰ってきてからはサキちゃんにその様子を聞かせた。


 やっぱりあの病院、今のサキちゃんは出禁になっちゃってね。お見舞いに行くには人間に戻らなきゃいけないって言われちゃったんだ。


 だから仲介役のようなものを俺が引き受けたってわけ。まあ、俺も楓真のこと心配だから見舞いなんて苦でもなんでもないんだけど。


 で、眠る楓真には……あれだ。前の日のサキちゃんベストショットを自慢しに行ってる。そしたら『その写真欲しい』と言って目覚めそうな気がしたからね──そのおかげで俺のサキちゃんフォルダは潤った。その面では役得と言えるだろう──。


 何なら楓真はその瞬間を自分の目で見ていなかったことを後悔しそうだ。


 だから楓真の方はあまり心配していない。医者からもあと目覚めればオールオッケー(意訳)と言われているし。


 それよりもサキちゃんの方が心配だ。というのも、どうやらサキちゃんはあれから良く眠れていないらしい。


 らしい、と言うのは実際夜中起きているのを見たわけじゃなく、昼間欠伸をしているのを何度も見かけたからなのだが。


 あと極端に食べる量が少ない。俺たちが見ている時はハグハグと食べているようだが、目を離した瞬間食べるのを止めてボーッとしている。


 そしてそれに気づいた俺たちがサキちゃんを見て、またサキちゃんは思い出したように食べ始める。それの繰り返し。


 あと、俺たちが構ってる時は楽しそうに笑ってはいるが、一人(一匹?)になると死んだ目で外を眺めている。あれは相当メンタルがやられてるやつだ。


 まあ、そうなるのも仕方ないことなのだろう。何せ目の前で恋人が刺され倒れて行ったのを、一番近くで見たんだ。見ているしか出来なかったんだ。


 もしかしたら助けられなかったと自分を責めているかもしれない。


 だからこそそんな様子を見て、どうにかしてあげたい気持ちになるのも必然というわけで。


「サキちゃん、今日はちょっと遠くまでお散歩に行こっか!」


「キャン」


 俺が出来ることと言ったら、一時的にでもサキちゃんが内に秘める暗い気分を逸らすことくらいだろう。


 サキちゃんを人間に戻せるのは、きっと楓真、お前だけだから。


 だからお願いだ。早く、早く目覚めてサキちゃんに会ってくれ。


…………


「……はい、はい、分かりました。では今日そちらに伺います。」


 俺の願いは届いたらしい。楓真が目覚めたと電話が入ったのは、いつもより一層強く願った次の日のお昼のことだった。


 一刻も早くサキちゃんに教えてあげたかったが、その連絡手段がなかったので諦めるしかなかった。家に帰ったらテンション高く報告したろ。


 これでサキちゃんもようやく安心して眠れるだろうと思うと、こちらまで嬉しく思う。


…………


「楓真! 目覚めたって!?」


 バァン! と大きな音を立てて病室のドアを開けてしまった。いや、もう、感情の行きどころがドアに全て持ってかれた気分だ。


 楓真は上半身を起こし、ボーッと外を眺めていたようだった。それを俺の呼びかけに答えるようにこちらを向く。


「……ああ。」


「何ともないのか?」


「それは勿論、と言いたいところだが刺された脇腹が痛い。それ以外は何とも。……心配かけたな。」


 素人のパッと見ではその痛み以外は元気そうに見えた。取り敢えず何もなくて良かったと肩を撫で下ろす。


「いや、それは全然。あ、そうだ。サキちゃんはウチで預かってるから。」


「そうだったか。助かった。……で、サキちゃんの様子は? 元気か?」


 これを正直に言って『サキちゃんが心配だから今すぐ帰る!』と強行突破されないかが心配だ。


 なんたってサキちゃんへの激重感情を内に隠し持っているようなやつなんだから。……あれ、隠してるか? むしろ全面に出しているよな?


 ……じゃあやっぱり言えないや。


「あー、ええとー、そうだなぁ……」


「……そうか、元気ないか。まあ、目の前で倒れられたらそうもなるわな。」


 そう自嘲して脇腹をさする楓真。幼馴染なだけあってお互いのことを知り尽くしているからこその反応だろう。


「でもほら、このベストショットは見て欲しい。」


 そんな気まずい空気から話を逸らすために、唐突ではあるがスッとスマホの写真を見せることにした。


 ゴロンと仰向けに寝転がり、こちらを誘うように見つめてくるサキちゃんの写真だ。


「なにぃっ!? っ、あたた……」


 その写真の可愛さを急激に摂取して体が跳ね、それが脇腹に響いたらしい。


 そこを抑え、しかし目線だけは写真を捉えて離さない。うわ、ガチな感じじゃん。さすがサキちゃんラブを公言しているだけある。


「わ……わさび、だ……そのしゃしん……おれに、も……くれ……」


 脇腹の痛みに耐えながらも欲望には忠実らしい。他にも可愛い写真は無いのかと言い募ることも忘れなかった。


「ほら、サキちゃんの写真はたんとあげるから、早く退院してサキちゃんを迎えに来なさいっ!」


「もち、ろん……だ……いてて」


 さて、帰ってからどうやってサキちゃんに伝えたものか。楓真との軽いやり取りの中でそんなことまで考えたりしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る