すりー・わんわんわんわん
あれからも色々なお店を見て回り、お腹も空いてきた頃。クゥと鳴った僕の腹の音に反応した佐藤さんはフッと優しく笑ってご飯にしようかと提案してくれた。
「何か食べたいものはあるか?」
「そうですねぇ……」
そう言われても、食べたいものってパッと思いつくものでもなく。食べたいもの、食べたいもの……としばらく考え込む。
「思いつかないなら、この近くに美味しい定食屋さんがある。そこにしないか?」
「行ってみたいです!」
料理上手の佐藤さんが美味しいと言うんだから美味しいに違いない。
それに定食屋さんなら色々な種類があるだろうし、もしかしたら佐藤さんの好きな食べ物をリサーチすることもできるかもしれない。
そんな思惑も持ちながら、案内されるまま移動する。
…………
『定食屋 楽』
そう書かれた暖簾をくぐり中へと入る。冷房の効いた店内にホッと息を吐く。暑いところを歩いてきてからのこの涼しさはまさに天国。
ちょうど空いた席にするりと座り、二人でメニュー表を眺める。
「わあ、いろんな種類がありますね。」
定食から蕎麦うどん、ラーメンまである。あ、丼ものもあるみたいだ。
ふむ、なるほど。これでは迷ってしまうな、と幸せな悩みを持ちながらメニュー表を睨んでしまう。あ、そうだ。
「佐藤さんのオススメはありますか?」
ここに何度も来たことのある佐藤さんのオススメなら間違いないだろう。そう確信して聞いてみた。
「そう、だなあ……。俺はここに来たらだいたい煮魚定食を頼むから……他のものを頼んだことはなくてな。あ、天ぷらが美味いと聞いたことがある。」
「煮魚、好きなんですか?」
「ああ。というか魚全般が好き、という感じか。」
「へえ! それなら僕も同じものを!」
魚好き、か。佐藤さんのことをまた一つ知れたと嬉しくなり、それなら佐藤さんイチオシの煮魚定食を僕も食べて感想を言い合いたいと同じものを頼むことにした。
──楓真side
「うっま!」
サキちゃんは俺と同じ煮魚定食を頼み一口食べると、目を輝かせて思わず言葉が漏れたようにそうこぼす。
「確かにこの味を知っていると、毎回頼みたくなりますね。」
サキちゃんはウンウンと頷きながらヒョイパクヒョイパクと美味しそうに食べる。これは我が家でも毎回そうで、作るこちらまで嬉しくなるほどだ。
「お、ボウズ分かってるじゃねえか! この煮魚はな……」
ほら、店主のオヤジさんも嬉しそうに照れくさそうに鼻を掻いて、魚についてのうんちくをツラツラと話していく。
それを楽しそうに聞くサキちゃんの姿がより一層オヤジさんの語る口を助長させているのは、まあ、良いか。
「……、……。それにしても、お前さんが誰かを連れてくるなんて初めてだな。」
そしてその口は俺の方へと向く。何か変なことでもあっただろうかと首を傾げるが、そんな俺を気にすることなく話は続いていった。
「いつも顔色一つ変えずに煮魚定食を食べていくだけだったもんな。何度も来て頼んでくれるということは、美味しいと思ってくれているのだろうと分かってはいたが、美味しいものを食べても変わらない表情を見て少し心配だったんだが……」
心配は杞憂だったんだな。今、良い顔しているぞ。
そう言って笑ったオヤジさん。まさかそんな風に思われていたとはつゆ知らず。驚きで目を見開く。
「それか、そこのボウズと一緒だからか?」
ニヤァと何もかも見透かされたような言葉と笑みを送られ、何故か気恥ずかしさに襲われる。
「ほう、お前さんはそういう顔も出来るのか。本当、良い人に出会えて良かったな。」
オヤジさんの言う『良い人』がどんな意味を持つのかは分からないが──何となく、恋人だとも気付かれていそうだ──、恋愛抜きにしてもサキちゃんとの出会いは俺にとってすごく大きな転機になったことは間違いない。
それを肯定してもらったようで、心がポカポカと温かくなったような気持ちになった。
この日に食べた煮魚定食は、いつもよりも美味しく感じられたような気がしたのだった。
…………
「それにしても、佐藤さんって本当に表情変わらない人だったんですね。僕からしたらそっちの方が想像出来ないですけど。」
そう言ってケラケラと笑うサキちゃん。そりゃあそうだ。サキちゃんといると自分ですら知らない自分が顔を覗かせるのだから。驚きの毎日と言っても過言ではないだろう。
「そんなにコロコロ表情変えてたか?」
「はい! それはも」
「咲羅! ここにいたのね!」
と、サキちゃんと楽しくお喋りをしていたというのに、それを遮って誰かがサキちゃんに話しかけてきた。
それも、俺も聞いたことのある、あの嫌な感じの……
「叔母さん……」
サキちゃんの親戚の声だった。
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