ふぉー・わんわんわんわん
「あなた、小説家なんですってね?」
ニタリと嫌な笑みを浮かべる叔母。その言動だけでも『嫌な予感』がヒシヒシと感じられる。絶対碌なことではないだろう。
「私たちはあなたの保護者。ということは、我が家に収入を渡すのが道理、よね?」
急に話に割り入って何を言っているんだろうか、この人は。
散々理不尽な目に遭ってきた僕でさえも、この人は段違いにオカシイことは分かる。でも、どうやって振り切れば良いか、僕には分からない。
「あいにくですが、サキちゃ……咲羅くんはもう既に十八才、成年ですよ。保護者がいなくても良くなった。だからあなたの主張は無意味です。」
混乱している僕を背に隠し、佐藤さんが叔母さんの対応をしてくれた。ああ、僕も何か言わなければ。自分の意見を……
「ひゅっ、」
そう思った時に限って前世の僕がされてきた仕打ちを思い出してしまい、何も言葉が出てこなくなる。
理不尽なことを言われ、反論すれば暴力。そんな生活を送っていた一度目の人生を覚えていたら、まあ、こうなるわな。
こんな思いをするなら、前世の記憶なんて無ければ良かったのに。そうないものねだりしたところで現実は変わらないのだが、それでもそう考えてしまう。
「咲羅を返せ! まだ子供の咲羅を奪ったのはお前だろう! 警察呼ぶぞ!」
「咲羅くんを先に見捨てたのはそちらでしょう? それにあなたたちが罪を犯しているらしいことは知っています。情報はこちらの手にありますし、今警察を呼んだらどうなるか。考えてみてください。」
僕が金のなる木だと思ったらしい叔母は、僕を引き戻そうと奮闘しているらしい。
が、佐藤さんの論破により押され気味……いや、完全にぐうの音も出ないほど正論で滅多刺しされている。
「このっ……! 年配者を敬えないのかお前たちは!」
「敬える方は敬いますよ、勿論。」
言外に『あなたは敬う価値無し』と言ってしまっているような気がするが、それは叔母も感じ取ったようで──それを感じ取れるなら何故常識が身に付かなかった?──、怒りで顔を真っ赤にした。
「私が下手に出ていたから良かったけど、そうね、そういう態度を取り続けるならこちらも手があるわ。」
そう言って叔母はナイフを取り出し、僕に向けた。いや、この真っ昼間の路上でそれは駄目でしょうに。
ほら、叔母の大声で集まっていた人たちが悲鳴を上げながら逃げ惑い、動画を撮り、スマホを耳に当てているじゃないか。一番最後の人、警察に連絡していてくれ、と願っておいた。
それにしても何故こうもピンポイントで『一番愚かな行い』をし続けられるのか、僕は不思議でならない。
そんなことを考えながら、僕は佐藤さんの背後から前に躍り出る。間違っても佐藤さんにナイフが当たらないように。
そして、どういう理由があって叔母がその行動を起こしたか見極めるためにも質問をする。
「……叔母さん、そのナイフで僕を刺すつもりですか?」
「そうよ。あなたが金のなる木だから下手に出てやったけど、邪魔しかしないようなら存在が要らないわ。死ねば保険金も入るだろうし、保護者役なんて面倒なことに巻き込まれなくて済むもの。」
……あれー、叔母、佐藤さんに言われたこと、一ミリも理解してないな? あまりの理解力の無さに、逆に心が落ち着いてきてしまったではないか。
あと、ナイフは怖くないのもあるかもしれない。何たって一度目の人生は包丁で終わらせたし、二度目の人生では自傷が毎日のルーティンだったし。
まあ、佐藤さんと暮らし始めてからはピタリと止んだんだけど。やっぱり僕にとって孤独が一番メンタルに影響したのかもしれない。ウンウン、今はすごく充実しているものねぇ。
と、長々と考え事をしている場合ではないんだよな、一応。まだ叔母はこちらにナイフを向けて威嚇しているし。
どこかに行きかけた思考を現実に戻す。いや、もはやどこかに意識を飛ばしておきたい気持ちすらあるかもしれないが、まあ、無理だろうからやらないけどさ。
「そう。でも僕、一度死んでるから分かるんだよね。そんな震えた手じゃ僕を殺せないって。」
ソース、前世の僕ね。
さすがにこの言葉には叔母も思うところがあったらしい。ビクリと肩を震わせ一瞬怯んだのがこちらにも窺えた。
このままだったら警察が来るまで時間は稼げるだろうか。まあ、無理そうなら僕が刺されでもすれば周りの人が証言してくれるだろうし、良いか。
そう楽観してしまっていたのが僕の罪となるとは、この時思いもよらなかった。
「このっ!!」
「サキちゃん!」
怒りに怒った叔母が僕に向かってナイフを突き刺そうと踏み込んできたその時、ナイフと僕の間に人が入り込んだのだ。
ザシュッ……
嫌な音。
目の前いっぱいに広がる佐藤さんの歪む顔。
そして、吹き出る赤。
全てがスローモーションで見え、佐藤さんが倒れる音が響くまで、僕はその場から動けなかった。
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