ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る
君影 ルナ
わん(一章)
わん・わん
パチリ、僕は目を覚ました。どうやら今まで眠っていたらしい。あんなに大変なことに巻き込まれたっていうのに眠りこけるなど、実に呑気なことだ。そう自虐の言葉を脳内で自分に浴びせる。
と、そこで周囲の状況が僕の五感を刺激する。知らない匂い、知らない部屋、そして……知らない男の人の鼻歌。そんな中で僕は綺麗な布──多分毛布だろう──に包まれているらしい。それらから導き出されるものと言えば?
(ゆ、誘拐……!?)
いやいや待て待て。結論を出すには時期尚早だろう。一旦状況を整理してみるべし。
まず、思い出せる範囲で眠る前の記憶を呼び戻すんだ。
確か今日──眠ってからどれくらい時間が経ったかは分からないが、一応今日ということにしておこう──僕は両親の葬式に参列し、それの後に天涯孤独となった未成年の僕の処遇……言わば面倒の押し付け先を親戚共らが話し合っていたんだっけ。オーケーオーケー、思い出せてる。
そして両親から僕に受け継がれる遺産は欲しいが、誰一人として僕自身を育てる気は無い、とまで話が進んだんだっけ。そして……そして?
少しその後があやふやだ。ええと、確か……
ああ、そうだ。 手続きという意味ではお前を引き取るが、お前自身は要らない、とか何とか言って着の身着のまま──僕がそれまで住んでいた家すらも乗っ取ったので──放り出されたんだった。
そして、そして……?
その後のことが思い出せない。不安と絶望からキュウン……と切ない声が僕から漏れ出てしまった。
ああ、そうだ、犬になってしまったことについても考えなければならないんだった──ちなみに辺りを見回した時に僕自身のものだろう毛むくじゃらな前足が見えた。驚きすぎてそこまで思考が回らなかったから一旦知らんぷりしていたのだ。出来れば一生現実逃避出来たら良かったのだが──。
家を追い出されてからの記憶がないということは、僕は
ああ、その仮説が一番確率的にもあり得そうだな。そう無理やりにでも自分を納得させて、一度思考を止めることにした。だって生まれ変わるのはこれで二度目なのだから、異常事態には少し耐性がある。と、思いたい。
さあ、疑問が解決したところで──ただしまだ(仮)が付くが──一眠りしようか。なんだかとても眠くてね。
くあ、と一つ欠伸を零し、その場、毛布の中でもう一度丸まる。
「わふ……」
誰に聞かれるでもなくおやすみ、と一つ返事をしてからスウっと心地よい眠りにつく。
──××(拾った人)side
俺は小さい頃から動物が大好きだが、俺自身は壊滅的に動物から嫌われる体質だった。
小さい頃はまだマシだったような気がするが、中学生の時にグンと伸びた身長とピクリとも動かない表情筋が動物に威圧感を与えてしまうらしく、俺を見るだけで怯えて逃げられる。それが常。
急に何を言っているのかと詰られそうだが、まあ、その情報を念頭において聞いてくれ。
あれは昨日の夜十一時頃、仕事の帰り道でのこと。
ジメジメと鬱陶しい雨に苛立ちながら駅までの道のりを歩いていると、ザァザァと降る雨の音にかき消されそうな程弱々しい声が俺の耳に入った。それが全ての始まりだった。
動物好きの俺が、勿論その声を無視できる訳もなく。雨音の中から件の声を探し出し、路地裏の軒下に衰弱しきった様子で丸くなる毛玉を見つけた時の心情といえば、もう、察していただけるだろう。本当、肝が冷えた。
俺が動物から嫌われる体質だからウンヌン、などと言っている場合ではない。
威嚇されても、引っ掻かれても、噛みつかれても、この子の命を保護するのが最優先だ。そう俺は判断し、その毛玉を両手でそっと優しく掬った。
抵抗する力も無いのか、されるがままになる毛玉──よく見るとそれは小さな黒い狸顔のポメラニアンだった──はかろうじて俺を一目見たようだったが、俺を嫌う様子もなくすぐにスッと目を閉じた。
それからのことはあまり覚えていない。一刻も早く動物病院に連れて行かないと、と家の近くにあるそこへと向かったことくらいしか。
「この子は……元人間だな。」
そこで聞いた言葉は未だに現実味がなく、ただ医者の説明を聞いているしか出来なかった。
『ポメガバース』
それがこの子には関係しているらしい。どうもポメガというバース性を持つ人間がストレス過多な状況に陥った場合、その人間はポメラニアンに変化してしまうとのこと。
そしてポメガを人間に戻すにはストレス源を断つこと、そして今溜まっているストレスを甘やかすことで発散させること。この二つが揃った時、ようやっと人間に戻れるらしい。
現実味がない話を聞き続けボーッとしていた意識をハッと現実に戻したのは、ポメラニアンを抱えながら家の鍵を開けた時の『カチャリ』という音だった。
それからそのポメをお風呂に入れ温めてやり──その過程でポメの毛色が判明した。光に当たると青く煌めく濃灰色だった──、ドライヤーで毛を乾かしてやる。
すると夢うつつな状態のポメはウットリされるがままになっていた。確かに犬というよりも人間だと言われた方がしっくりくるかもしれない。仕草的に。音が大きいドライヤーを嫌がる素振りも見せないし。
ああ、そうだ。何か食べるものでもあった方が良いだろうか、とポメを優しく毛布に包んでからその場を離れる。
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