第5話
次の能力検査は、鎖を外したうえで杖を渡され、島の先端に立つ的を攻撃するという簡単なものだった。
兵士を狙おうとした魔女は問答無用で牢に押し込まれ、あと五人。そのうちの三人は攻撃が的にさえ当たらず、兵士にも抵抗を全くしなかったから、流石に護衛にはならなくて失格。
残りは、わたしとフォレッタの二人がだけになった。
「ソルシエール。手加減しないから」
「わたしを攻撃しないでちょうだい。手を抜いていくわ」
「ハッ。あんたって頭悪いのねぇ。強くなきゃ護衛にはなれないわよ」
フォレッタは杖を構える。詠唱後、杖から炎が噴射され、火柱は何の迷いもなく的へ向かって進んでいく。
驚いた。
驚いたのはわたしだけじゃなかったみたい。両脇で見ていた兵士たちも、目を丸くして驚いていた。
火の呪文は魔術の中で魔力の消費量が高く、最も威力が高い。魔女は火を恐れるようになってから、滅多に火の呪文を使わなくなった。でも、フォレッタは使った。
わたしの順番になって、わたしは氷の呪文を使った。氷は可もなく不可もなく、まっすぐ飛んでいって的を射抜き、的はパコンと気の抜けた音を立てて割れた。
フォレッタは火の呪文を使ったせいで魔力を大量に消費し、額に脂汗を浮かべているけれど、何とか立っている。わたしは……。
少しだけ、フォレッタよりつらそうにしゃがんでみたわ。
わたしたちの魔術を見ていた兵士たちは顔を見合わせ、そう時間が経たないうちにフォレッタの腕を掴んで牢へ連れていく。
「はっ? どうしてよ! あたしの方は強い魔術を使ったっていうのに!」
それがまずかったのよ、フォレッタ。残念だったわね。
流石に口に出すのはやめておいた。可哀想だからね。
火の魔術を使ったっていうことは、人間に「火は克服した」って言っているようなもの。人間は、魔女を思い通りに動かすために火を使っているっていうのに、火を克服した魔女なんて危険でしょうがないわよ。
わたしはすぐさま鉄球付きの鎖で再度手首を縛られ、その場に座らされる。
「名は?」
兵士が苦虫を噛み潰したような表情で問う。
「ソルシエールよ」
「……ソルシエール。レオナ王女の護衛魔女はお前だ。王宮で暮らすことになるが、粗相のないように。人間を傷つけるようなことがあれば……お前は元々処分対象の身だ。私たちはお前の命を握っている十年前処分された魔女のようになりたくなければ、大人しくしていろ。王女を守る。。それだけに意識を注げ」
「分かったわ」
いよいよ、クソみたいな牢を出る日がやってきた。鼻をつく異臭も、じめじめした空気も、湿った床も、魔女たちの叫び声も、今日でおさらば。ここには何の未練もない。
久しぶりに感じる身の軽さ。もちろんわたしの心もこれ以上なく軽い。手首の鎖を外されたあと、体にロープを巻かれた。
「魔女、今から魔術島を出る。歩け」
まだ年若い兵士の指示に従って、わたしは歩く。
フォレッタにお別れの挨拶をしなくちゃね。
フォレッタの檻の前に差し掛かったとき、わたしはしゃがむ。フォレッタに目線を合わせた。
「フォレッタ。楽しかったわよ。さよなら」
この上ない笑みを浮かべると、フォレッタが親指の爪を噛みながら、わたしを睨んだ。
「おい! さっさと歩け!」
兵士が苛立つように声を荒げたので、わたしは歩きだす。胸を張って。
さようなら。皆。不運だったわね。
冷たい? 性格が悪い? 言ったでしょう。
『同類』への愛は、皆無だって。
ロープに体を縛られたまま、島の小さな船着き場まで歩いて、小舟に乗せられた小舟の向こうには船着き場にはとまりそうにないおおきな船があて、わたしは兵士と共にそこに乗り移った。
大きな船に乗っても、やっぱりケージに入れられた。
そこから、何時間も船に揺られた十年前を思い出すわ、最悪。
何時間も経って、ケージが開いたと思ったら、今度は目隠しをされた。逃げ出す可能性もあるから土地鑑は植え付けない方が良いんでしょうね。
ケージから出たら首に鉄の首輪をはめられる。引っ張って歩かせるつもり? 犬じゃないんだから。
目の前が暗いまま、しばらく歩く。船を降りたのち、潮の香りがだんだん薄れてきて、雑多な空気が肺に満ちる。馬車に乗せられ、しばらく揺れに身を任せる。誰かに先導されながら馬車を降りた。歩き続けると、その雑多な雰囲気など微塵も感じられないほど、好奇な雰囲気が肌を刺した。
「着いたぞ」
目隠しが取られると、愛想が微塵も感じられない髭を生やした兵士が目の前に立っていて、その言葉でここが王宮の中なのだと悟る。
「国王夫妻と王子、レオナ王女の挨拶の前に、侍女の指示に従って身を清めろ」
兵士はそれだけ言うと、部屋を出ていった。
わたしはゆっくりと辺りを見回す。
ここは……脱衣所?
足元にはところどころ穴の空いたバスケットが置かれ、衝立の向こうにバスタブ。洗濯室と一緒になっているから、使用人が使うところのようね。
「ま、魔女……」
恐る恐るといった様子で部屋のドアが開き、一人の侍女が入ってきた。
「あの、湯浴みをいたしますから」
そんなにわたしが怖いのか、気の弱そうな侍女は、小さく震えながらわたしの身を清めてくれた。
わたしが着ていた服は、汚くて陛下に失礼だということで、脱がされ洗ってもらった。そのとき侍女はわたしの服を親指と人差し指でつまむようにして持った。
あんたの方が失礼よ。
浴室と洗濯室は物置と繋がっていたようで、物置を通って一階ホールへと移動した。
吹き抜けになっている立派な一階ホールの、美しい曲線を描く階段を上って二階に上がる。上がってすぐに両開きの扉がある。その向かい側の部屋が玉座の間だそうだ。
玉座の間の前まで来ると、屈強な鎧をきた騎士がしかめっ面でわたしのところに寄ってくる。
「おい、魔女」
「ソルシエールよ」
「お前……陛下にそのような口を利けば、首が飛ぶぞ」
「ご忠告どうも」
何を言っても響かないと悟ったのか、騎士は頭を抱えたあと、またもやわたしの体にロープを巻く。
「いいか。ここから先は玉座の間だ。国王陛下とアナトール王子、レオナ王女がいらっしゃる。粗相のないように」
はいはい。耳にタコができるくらい聞いたわよ。流石に斬り殺されそうだから言わないけど。
無言でうなずいたわたしに、騎士は重厚な両開きの扉を両手で開ける。
やっと会える。王と王妃、隣国の王女は正直どうでもいい。
アナトールに会える高揚感と共に、わたしは足を踏み出した。
ソルシエールの不択手段 卯月まるめろ @marumero21
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