ライトノベル作家になった俺と、難病を抱えたあいつとの青春リユナイト

水卜みう🐤

ギター小僧、ライトノベル作家になる

 中学の時、俺は三度の飯より四度の飯、四度の飯よりエレキギターという感じのギター小僧だった。いわゆる陰キャラの部類だったけれども、この頃はライトノベルなんて1ミクロンも知らない、ただの田舎のガキだ。


 当時好きだったバンドに憧れてエレキギターを買ってからというもの、毎日毎日時間があればギターをかき鳴らすというそんな生活をしていたのだ。


 既にインターネットが市民権を得てきていた時代とはいえ、SNSはまだ一般的ではなく、俺みたいなガキンチョの情報源は『ギターボーイズ』という交流型のウェブサイト。

 掲示板で雑談したり、録った音源をアップしたり、お古の機材を譲ってもらったりと、このサイトはギター小僧の俺にはなくてはならないものだった。


 そのサイトの掲示板で、俺は同世代の少年に出会った。

 彼は関西地方に住む俺より一学年上の中学生で、俺と同じようにエレキギターの魅力に取り憑かれたギター小僧だった。

 掲示板で会話が盛り上がりすぎたため、俺達は当時流行り始めていたスカイプのアカウントを作って、そこでやり取りをするようになった。一つ歳が違うとはいえ、お互いにタメ口を聞くような間柄で、初めてインターネットでできた友達だった。


 彼は邦楽ロックの他にアニメソングのコピーをよくやっていて、録った音源を聴かせてもらっているうちに俺も興味が湧いてきた。

 特に当時流行っていたのは『涼宮ハルヒの憂鬱』の『God knows』

 印象的な速弾きフレーズでギター小僧たちを虜にした。


 そんな縁があって、俺は涼宮ハルヒのアニメを見るようになり、そこからさらに原作のライトノベルに手を出すようになった。

 活字の本なんて読めるのか? という懸念こそ最初はあったが、いざ読み始めると止まらなかった。涼宮ハルヒシリーズをきっかけに、様々な作品へ手を出して読み漁った。


 彼が特におすすめしてきたのは『半分の月がのぼる空』という作品。

 心臓の病に侵されたヒロインと偶然同じ病院に入院した主人公の、出会いと日常を描く恋愛小説だ。

 どうやら彼は、この作品のヒロインにものすごく感情移入して泣きまくったらしい。


 そんな大げさな……と思ってはいたが、読んでみるとかなりじーんとくる。

 多感な思春期の俺には、その時の価値観を変えるくらいの力がある作品だった。

「めちゃくちゃいい作品だから、本当は教えたくなかったんだけどね」

 この作品の話をするたび、彼は口癖のようにそう言う。

 そんなに教えたくないくせに、どうして俺には教えてくれたのかと、ある時彼に訊いてみた。


「……俺、このヒロインと同じような心臓の病気でさ、もしかしたら近いうちに死んじゃうかもしれないんだ」

 衝撃の告白だった。病気で亡くなってしまうかもしれないという小説みたいな出来事が実際に目の前で起こっていて、妙に現実味が湧かなかった。

「俺が死んじゃったらこの作品の良さを伝えてくれる奴がいなくなるだろ? だからお前には教えたんだ。俺が死んでも、みんなに布教してくれよな」


 重大な責務を任されたなと、当時の俺は思った。

 もちろんこの作品の良さは俺が言うまでもなくライトノベルファンの中では当たり前として語られているわけだが、視野の狭い中学生の俺達にとってこの約束はとても大きなものだった。


 それから彼とはしばらくの間交流が続く。

 一緒にネットゲームを始めたり、年賀状を送りあったり、『とらドラ!』のヒロイン論争で喧嘩したり――。

 しかし、ある時からピタッと彼との連絡がとれなくなった。

 スカイプにはログインしなくなったし、年賀状も住所不明で返送されるようになった。

 もしかするともう彼はこの世からいなくなってしまったのかもしれない。と、俺は思った。


 リアルで会ったことがあるわけじゃない。ただインターネットで出会っただけ。

 それなのに俺はとてつもない喪失感に襲われた。

 無理もない。陰キャラギター小僧にとって、彼の存在は大切な青春の1ページだったのだから。

 俺はこれからもずっと彼のことは忘れない。あの作品の良さも、できる限り伝えていこう。

 そう心に誓った。


 大学二年生になった春の日。俺は自分の所属する軽音楽部の新歓のため、学食にあるサークルのブースで新入生を待ち構えていた。

 来てくれた新入生には「自己紹介カード」に名前や担当楽器、好きなバンドなんかを書いて貰っている。

 とある新入生がやってきたときに、俺はその名前に驚いた。


 ――彼だった。

 なんと二浪して俺と同じ大学に入ってきたのだ。感動の再会……いや、初対面だ。

 しかも一つ年上のはずなのに学年は一つ下という、ややこしい形で。

「……てっきり死んだのかと思った」

 俺は正直にそう言った。

「いやー、『半分の月がのぼる空』のヒロインも結局死ななかっただろ。それにあの子も十八歳で高校生になったし、実質二浪だわ。おまけに美少女なところも俺と一緒じゃん?」

 と、軽口を叩いてきた。俺は拍子抜けした。


 彼の心臓は手術して普通に良くなったらしく、酒は飲むしタバコもガンガン吸う。

 どちらかというと心臓より肺がんの方を気にしたほうがいいレベルだ。

 一瞬は心配して損した気分になったが、次第に出会えた喜びのほうが大きくなってきた。


 そんなこんなで大学生活は楽しかった。

 俺は不本意ながら大学の本意により六年過ごす事になったが、やっと卒業できたと思ったとき彼がまだ三年生だったのを見て、なんだか安心していた。


 どうやら彼は在学中にライトノベルを書き始めていて、新人賞に応募しまくっていたため留年したという。

 俺が卒業したとき、「ライトノベル作家デビューしたら真っ先に買いに行く」と告げると、彼は心底嬉しそうにしていた。


 あれからだいたい十年くらいが経った。


 まさか俺のほうがライトノベル作家デビューするとは……。

 どこかでうっかり彼に出くわしてしまったとき、向こうがまだデビューしていなかったら気まずいなと思いながら、俺の作家生活はそろそろ二年目を迎える。


 でも、その心配はなかったようだ。


 このあいだ出版社のパーティに参加したとき、胸に受賞者の花飾りをつけて、ビシッとスリーピースのスーツでめかし込んだ彼を見かけたから。

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