視写はときに冒涜を犯す
沼津平成
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法の無知は許さず、だ。視写や引用を始めたばかりの『見よう見まね』の方に散見されるこれは、見るたびに沼津平成は顔を
本人は何らかのこだわりを持ってやっているらしいが、これは実はこだわり以前の問題なのだ。
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文章や詩を視写や引用をするときに、ひらがなを漢字表記に直すことはないだろうか。
本人はそれが善行だと思っているらしいが、どう考えてもそれは悪行だ。
いや、かなり古い作品で、「古い漢字表記を新しい漢字表記に改めました」——というもののことを言っているのではない。
視写に慣れていない私たちは、つい、たとえば「お花がさきました。」とあったら「お花が咲きました。」に改めてしまう。
もしこれが我が子の作文で、我が子に「ここは漢字に直した方がいいか?」と質問した上、許諾を得てその行為をやっているのならば、違う話なのだが、たとえばその作者に気軽に会えない場合だ。某有名詩人であるとか、故人であるとか。
その場合、「あえて」ひらがなや片仮名にしている場合もあるのだ。それをいまさら漢字にするのは作者の意を反しており、明らかに冒涜だ。
視写や引用ををする場合、当たり前だがそのまま写すことだ。そしておかしな文を公表してしまったらどうなるか。
視写はそんな行為に出ることはないだろう。しかし引用の場合、そのおかしな文つきの何かを発表して、それでお金を稼いだら違法だ。
このことからも分かる通り、視写はときに冒涜を犯すことがある。酷さによってはそれが違法になることがある。
だから、とりあえず何もこだわらずに視写した方がはるかにマシだ。これを沼津平成は声を大にして叫びたい。
視写はときに冒涜を犯す 沼津平成 @Numadu-StickmanNovel
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