絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。

孤独な蛇

第1話 孤立

「ちょっと春樹はるき。早く行くよ」

かすなよ、志穂しほ


 俺は浅野春樹あさのはるき。自称、冴えない中学3年生。

 毎日、俺の家のインターホンを朝早くに鳴らしてくるのは幼馴染の深瀬志穂ふかせしほ


「毎日起こしに来るなよ」

「私が起こしてあげないと寝過ごして遅刻しちゃうでしょ?」


 志穂は女子バスケットボール部に所属している。

 そのバスケ部は強豪で部員数が多い中、志穂はエースの役割を担っている。

 練習も真面目に取り組んでいて、学校の成績もトップクラスの優等生だ。


「別に遅刻してもいいじゃないか。まだ義務教育なんだから、そんなにシビアにならなくても」

「何言ってるの?私たち受験生なんだよ?遅刻や欠席だって成績に影響してくるんだから。私と同じ高校に行けなくてもいいの?」


 志穂が受ける予定の高校は、地元でも有名な進学校で偏差値がかなり高い。

 俺は帰宅部で特にやることがないため最近は勉強に力を入れていて、3年生になってからは成績が向上している。

 しかし、少し前まで平凡な成績だった俺がそんな頭の良い高校に入れるかどうかは正直懐疑的だ。


「家が向かい合わせで幼稚園の時から一緒だし……ここで別々になるのもありなんじゃないか?」


「だめ!!」


 志穂が俺の意見を否定する大きな声を出して驚いた。


「急に大きな声出すなよ。ビックリするだろう」

「春樹は私と同じ学校じゃなくなってもいいの!?私は嫌だよ!」

「いや……それは……その」


 さっきは照れ隠しであんなことを言ったが、俺も志穂と同じ高校に行きたい。

 志穂と一緒にいたい。

 だって俺は、志穂のことを……昔から……。


「まあ……そうだな……。同じ高校に行けたら、いいな」

「うん!絶対に行こうね!」


 こんな感じで、毎日朝練に行く志穂に付き合わされて俺も朝早くに学校へ向かうのが日課になっている。


 俺たちの家から中学校までは徒歩20分ほどで到着する。

 まだ午前7時を過ぎたばかりだというのに、学校付近に近づくと俺たちと同じように登校してくる生徒がチラホラと見受けられる。

 俺のように早朝から自習室で勉強する者や、志穂のように部活で汗を流す者のどちらかだろう。


「皆、朝早くからすげぇな。勉強や部活」

「春樹も勉強するために、こうやって学校にきてるじゃない。同じだよ」

「まあ……そうか」


 いや、俺は志穂が毎日朝早く家を訪ねて来なかったら、こんな時間に学校なんて来ていない。

 やはり自発的に行動できる者は、凄いと感心する。


「志穂!おはよう!」


 少し遠くから志穂の名前を呼んでいる何人かの女子生徒が近づいてくる。

 恐らく女子バスケ部の友達だろう。


「あ、あの……春樹……その」

「ああ。じゃあ、また明日な」


 少し弱弱しく言葉を発してきた志穂に、俺はそう声を掛けて一人校舎に向かう。


「ねえ、志穂。また浅野と来てたの?」

「え……?あ、いや……その」

「大丈夫?何かされてない?」

「別に大丈夫、だよ」


 後方から志穂たちの話声が微かに耳に届いてくる。

 しかし、そんなことは気にせずに靴箱で上履きに履き替えて自習室へ向かった。


「おい、あれって浅野じゃね?怖ぇー」

「なんで自習室に来るんだよ。集中できねーよ」

「あいつ、喧嘩ばっかりしてるって本当かな?」


 自習室に入るや否や、俺を揶揄する生徒たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。

 俺が鋭い視線で、その生徒たちを凝視すると何かに怯えるようにピタリと陰口は止んだ。


(まあ、いつものことか……)


 内心ため息をつきながら、俺は空いている席に座り勉強に没頭した。


 ▽▼▽▼


 1時間程自習室で勉強を済ませた俺は教室に入り自席に着席している。

 教室では進路の話や、そろそろ訪れる部活生最後の総合体育大会などの話で盛り上がりを見せている。

 俺は鞄からラノベを取り出して本鈴が鳴るまでの間、一人静かに読書を始める。


「浅野の奴ラノベ読んでるぞ。オタクなんじゃね?」

「おい!聞こえるぞ」


 再び俺のことをコソコソと話すクラスメイトのノイズが耳に届くが……まあ、いつものことだ。


「あ!おはよう、深瀬さん!」

「バスケ部最後の大会頑張ってね!応援に行くから!」


「皆、ありがとう。頑張るね」


 朝練を終えた志穂が教室に入ってくるとクラスメイト達の注目が彼女に集まる。

 容姿端麗で優等生の志穂は、言うまでもなくカースト上位の存在だ。


 クラスメイト達と軽く雑談を済ませた志穂は徐に俺の方へと近づいてくる……が、俺に話しかけてくることは無い。

 志穂の座席は俺の一つ後ろで、そこに着席する。


「いつ見ても美女と野獣だな」

「おい、やめろって。聞こえたらどうするんだよ」


(さっきから、普通に聞こえているけどな)


 何を隠そう……俺は学校で孤立している。

 学校では志穂が俺に話しかけてくることも……ない。


(一時間目が始まるのは、9時から……少しふけるか)


 俺が席から立ち上がると志穂が一瞬こちらに視線を向けてきたが、すぐに前を向き直る。

 そろそろホームルームが始まるのに、俺がどこかに行ってしまうことを案じてくれているのだろう。


「あいつ、どこに行くんだ?」

「サボりじゃね?」


 クラスメイト達のノイズを尻目に、俺は一人教室を出た。


 ▽▼▽▼


 俺は、自称……冴えない中学生、だ。

 学校では孤立し学業も優秀ではない上に得意な事も特にない。

 まあ、この程度の事ならどこの学校でも同じような人間はいくらでもいるだろう。

 しかし、俺の場合は少し事情が変わってくる。


 校舎の中を少し歩き、階段を上り最上階を目指す。

 教室での周囲の視線や言葉を気にしてはいないが、気分の良いものではない。


 階段を数分上り終えると目的地に到着した。

 俺が辿り着いたのは屋上に続く扉の前。

 そのドアノブに触れると、普段は施錠されている扉が今は解放されていることがわかる。


「やっぱり開いてるか……」


 重い扉を開けて屋上に足を踏み入れると、心地よい風が俺を出迎えてくれた。


「おう、来たか。浅野」

「またサボりか?遠藤えんどう


 遠藤聖菜えんどうせいな

 志穂にも負けず劣らずの美少女だが髪の毛は金髪に染められていて耳にはピアス、付け爪などとにかく派手な容姿をしている。


「相変わらず、しけた面してるなぁ。浅野は」

「お前は相変わらず元気そうだな。俺やお前みたいな奴は普通学校を憂鬱に感じるもんだろう?」

「私は学校結構好きだぞ」

「授業もろくに出てないやつが何言ってんだ?このヤンキーが」


 こいつは見た目通りの不良で、その自己中心的な行動が教師たちからも問題視されている。


「なんだよ。浅野も私の仲間だろう?」

「俺はヤンキーじゃねーよ」

「へー。あんなに周囲から色々言われてるのにか?髪の毛だって、私に近い色してるだろう?」

「これは茶髪だし、地毛だって前から言ってるだろうが」

「目つきが悪いのは?」

「生まれつきだ」


 俺は決して不良などではない……が、同級生や教師たちからそういう扱いを受けているのは事実である。


「その悪目立ちする見た目で、暴行を働いたのはマズかったな」


 昨年の今頃……俺は上級生と喧嘩をした。

 

「一応、正当防衛なんだけど……まあ、その件は反省してるよ。だから弁明しようなんて考えてはいない」


 当時バスケ部で頭角を現し始めていた志穂を呼び出して、如何わしい言葉と態度で彼女の心を傷つけようとした輩を注意したところ殴りかかってきたので返り討ちにした……という経緯である。


「浅野、進路決めたか?」

「あ、ああ。その……泉道せんどう高校」

「マジ?……お前、そんなに頭良かったっけ?」

「頭は平凡だ。だから、受かるように努力してる最中だよ」

「ほー。どうせ、あの幼馴染の尻を追いかけるとか下らない理由だろう?」


 遠藤は頭の回転が速く、妙に鋭いところがある。


「わ、悪いかよ。そういうお前はどこを受けるんだよ」

「今のところ、海星かいせいだな。泉道でもいいんだけど」

「さすがだな。見た目や態度とは裏腹に成績だけは一人前だな」


 泉道と海星はこの辺りでは二強と言ってもいい高校で、とにかくレベルが高い。


「浅野も海星にしろよ」

「いや、現時点の俺じゃ選べる立場ではないし。それに……俺は……志穂と」


 志穂と同じ高校に行きたい。そのために頑張っている。


「深瀬、か。あいつ……私は嫌いだな」

「はあ?なんでだよ」

「浅野はあいつと学外では仲良いんだろう?でも、学校では話すらしてねーだろ?」


 考えてみれば3年生になってからそうなったかもしれない。

 以前は学校でも話しかけてくれていた。


「それは……志穂にも付き合いがあるし。俺なんかと話してたら……そりゃ、な」


 そうだ。学校で浮いている俺なんかと一緒にいると志穂にまで悪影響が出るかもしれない。


「私ならそんな奴、願い下げだな。浅野との関係より他の付き合いの方が100倍大事ってことじゃねぇか」

「そんなことは……ないと思うが……」


 志穂は俺との関係も大事にしてくれている。


「そろそろ一時間目が始まるな。俺、もう行くわ」

「えー!?一緒にサボろうぜ」

「サボらねぇわ。お前も、そろそろ真面目に授業出ろよ。頭良いのに勿体ないぞ」

「じゃあ……私もそうしますか」


 俺と遠藤は同時にため息をつく。

 行動がシンクロした俺たちは顔を見合わせて自然と口角が上がった。

 

 少し憂鬱な気持ちの俺たちは、授業が始まる教室へと戻った。

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