第5話 それでは間に合わない

「親方、今日はわたしの顔を見てくれたわよ♪」



と、はしゃぐわたしに、リアは苦笑いだ。


港町シエナロッソに着いてから1週間。


造船ギルドの親方は相変わらず、わたしの話を聞いてくれない。


毎日、顔を出しては追い返され、港の見えるカフェのテラスでお茶をする。


学園を卒業して3ヶ月。


今年の夏を、わたしは見知らぬ港町で迎えようとしていた。


そして――、



「わあ! カーニャ! 奇遇だねぇ~」



と、当たり前のようにおなじテーブルの席に座る男爵のビット。


夏の陽光に赤い髪をキラキラさせて現われる。



「今日もキレイだね~」


「あら、ありがと。ビットは今日も口がお上手ね」


「ホントのことを言うのに、口の上手さは必要ないよ。カーニャの美しさを前にしたら、夏の太陽ですらかすんでしまう」


「ふふっ」


「おっ。笑うと、なおのこと美しい」



この調子で、毎日一緒にお茶をしてはくだらない話をして帰っていく。


それを見送るリアの呆れた表情も、毎日のことだ。



「……なにしに来てるんでしょう?」


「さあ? ヒマなんじゃない?」


「グイグイ口説いてくる割に、それ以上どこかに誘うわけでもなし……」


「う~ん……」


「でも毎日、造船ギルドから出たら現われる。……すこし、気味が悪いですわ」


「わるい人じゃなさそうだし、おしゃべりの相手をしてくれるならいいじゃない」



テラスからは今日も荷積み、荷下ろしの列が見えて、騒々しくも賑やか。


街の雰囲気は気に入ってるんだけど、誰にでも話しかけられるほどフランクな性格でもない。


話が出来るようになった人といえば、ビットと食堂のおかみさんくらい。


あとは、親方と話ができたら……。



   Ψ



はるばるシエナロッソまで来たのは、もちろん船を買うためだ。


その目的を忘れたわけじゃない。


開店直後の食堂で、まだお客さんが誰も来ていないタイミングを見はからって、おかみさんに相談してみた。



「あー、親方、頑固だからねぇ~」



と、困ったように笑うおかみさん。



「……船は沈むだろ?」


「あ、はい……」


「かるい気持ちで一獲千金をねらって、帰ってこなかった野郎も多いからねぇ……」



おかみさんは軽く鼻のあたまを掻いた。


そうか……。きっと、この食堂に来てたお客さんのなかにもそういう人がいたんだろう。


おかみさんは深刻ぶらないけど、目元にだけ悲しそうな色を浮かべた。



「特に、前の親方がカネをくれるならなんでもって人だったから、なおさらね……」


「ひとを見てるってことですか?」


「まあ……、そういうことだね」



というところで、ほかのお客さんが食堂に入ってきて、おかみさんとの話は終わった。


横で聞いていたリアが、複雑な表情を浮かべる。



「……たしかに船は沈んだら、命まで奪われてしまいますわね」


「そうね……。だけど、買えたとしても運航までわたしたちがするわけじゃないわ。ちゃんとプロを雇わないと」


「……そうですね」



侍女という立場で、わたしの命を危険にさらすわけにはいかないという表情だ。


この乙女ゲームの世界で技術レベルは、おおよそ中世。火薬は登場していないので鉄砲や大砲はないし、エンジンもない。


わたしは航海に出れば命懸けになるのを覚悟の上だったけど、交易といえば陸路しか知らないリアにとっては驚愕の事実だったのだろう。


いや、知識として知っていても、実感が伴っていなかったというべきか。



「投資にリスクは付きものでしょ?」



と、わたしが笑うと、リアは口元をキュッと引き締め、堅い表情でうなずいた。



   Ψ



毎日顔を出せば、受付の女性とも仲良くなる。


2週間が過ぎたある日、いつものようにスゴスゴと退散していると、



「懲りないねぇ~。お茶でも飲んでいくかい?」



と、笑いながら呼び止められた。


ブラウンの巻き毛で、ほおにはそばかす。エラと名乗った女性は、受付の奥に通してくれた。



「親方は頑固だけど……、馬鹿なこと考えるんじゃないよ?」


「馬鹿なこと?」


「シエナロッソにだって悪いヤツはいるんだから。船を譲ってやるって言い寄ってくるヤツも出てくるかもしれない」


「……譲る」



そうか、なにも新品の船でなくてもいいのか……、と気づいたわたしに、エラが眉を寄せて笑った。



「そういうのはだいたい詐欺さ」


「詐欺……」



と、リアが表情を堅くした。


エラはお茶をすすりながら、淡々と話してくれる。



「ギルドを出てすぐ近寄って来るヤツは、特に信じたらダメだよ?」


「出てすぐ近寄って来る……」


「もし、そういう話があっても、簡単にカネを渡したらダメだし、まずは親方の所に連れて来るんだよ?」


「親方に?」


「船の値段が適正か、航海に支障がないか。そういう相談には相手が誰でも乗ってくれる。詐欺かどうかなんて、一発で見抜いてくれるよ」


「自分の船を買ってもらえる訳でもないのにですか?」



と、目をまるくするリアに、エラは苦笑い気味に口の端をあげた。



「そういう人なんだよ」


「それって……」



と、わたしは思わず考え込んでしまった。


リアとエラの視線がわたしに向いていることに気が付いて、思い切って口を開く。



「それって……、船を譲ってもらえる人を探してくる方がはやいってことですか?」


「まあ、そうだねぇ。どっちにしても、船を新造するとなると1年はかかるからね」


「1年!?」


「あ、ああ……。なんだ、そんなことも知らずに通ってたのかい?」



あきれるエラを前に、リアと顔を見合わせてしまった。


それでは今年のミカンの収穫に間に合わない……。



   Ψ



買い出しに行くというリアを待って、広場の噴水に腰かける。


そもそもの計画に無理があったことが分かって、呆然と空を見上げる。


いや、計画なんていいものじゃない。ただの思い付きだ。


陸の交易国家フェルスタイン王国に育って、船の知識がなかったことは仕方がない。


けど、さすがに無謀すぎた。と、いまなら思う。


思い付いたときは「わたし、天才!?」って興奮したんだけどなぁ……。


いまごろミカン畑は実をつけ始めている頃だろうか?


最後になるんなら、ちゃんと目に焼き付けておけば良かった。



「はぁ~あ……」



思わずおおきなため息を吐くと、影に陽射しを遮られた。


ん? と、見上げたら、私の横にビットが立っていて、私の顔をのぞき込んでいる。



「美しいカーニャに、ため息は似合わないなぁ~」



といって、ふわりと隣に腰をおろす。



「今日はカフェじゃないんだね?」


「う~ん……、そんな気分じゃなくて」



賑やかな市街地のど真ん中。だけど、誰もわたしたちの方を見ていない。


行き交う人たちはみんな、仕事に忙しい。


仲間になりたいだなんて思っていたけど、わたしはその端っこにも座れていない。


ただ、眺めているだけ……。



「カーニャに、そんな顔は似合わないなぁ~」



ビットだけがいつもの調子で、わたしに話しかけてくれる。


けど、



――ギルドを出てすぐ近寄って来るヤツ、だいたい詐欺師。



と、エラの忠告が頭をよぎる。


まさにビットじゃん!


と思ったわたしは、ははっと愛想笑いを返した。



「そろそろ、親方にめげちゃった?」


「……そうねぇ」


「でも、毎日会ってはくれてるんでしょ?」


「それは、そうね……」


「じゃあ、まだ見込みはあるよ」


「うん……」



と、曖昧な返事をかえしてしまう。


ビットが詐欺師かどうかはともかく、親方に見込みがあったところで、あたらしい船を造ってもらうのではミカンの収穫に間に合わないのだ。


だからと言って、船を譲ってくれる人なんかすぐに見つかるものだろうか? ……詐欺師でもなく。


ビットが空を見ながら、いつもの軽い口調でつぶやいた。



「……じゃあ、そろそろ僕に相談してみる?」


「えっ?」


「カーニャはおもしろいし、僕に出来ることなら力になるよ?」


「……おもしろい?」



ビットからは、これまで散々カロリーナの美貌を褒め称えられてきたけど『おもしろい』と言われたのは初めてだった。


わたしに顔を寄せ、微笑むビット。


改めて近くで見るビットの顔立ちは端正で、思わずドキッとしてしまう。



「カーニャはおもしろいよ。僕なんかの話を聞いても面倒くさがらないし、なのに頑なに親方のところに通う」


「それって、おもしろいことなの?」


「そうだねぇ、ふつうはどちらか一方かな?」


「……どちらか?」


「僕なんか相手にせず、親方のところに通うか……」


「うん……」


「僕の相手はするけど、親方には早目に見切りをつけるか」


「なるほど……」



ビットの言わんとすることが分からない訳ではないけど、そこまで他人の行動を考えたことがない。


そういえば、エラは詐欺師かどうか「親方のところに連れて行け」とも言っていた。


だけど、親方のところに行くようにと教えてくれたのは、そもそもビットだ。



――詐欺師が、警察に行けって勧めて来るものかな……?



口に手をあて、ビットの顔をまじまじと眺めてしまった。



「なに? カーニャからそんなに見詰められたら、恋に落ちてしまうよ?」


「それは、勝手にしてもらっていいんだけど……」


「おおう! 美人にしかサマにならないことをサラリと言うねぇ〜。そんなところも大好きだな」


「わたしね……」


「うん」



にこやかな微笑みを返すビット。



「……フェルスタイン王国から来たのよ」


「フェルスタイン?」


「そう……」


「フェルスタインもおもしろい国だよね。王国っていいながら、諸侯国連合みたいな」


「直接の交易もないのに知ってるの?」


「一応はね。……でも、フェルスタインに港はなかったよね? どうして船を買いたいの?」


「……わたしの領地にね」


「うん」


「港に出来そうな入り江があって……」



はじめて身の上話をするわたしが「わたしの領地」と言っても、ビットは顔色ひとつ変えない。


おたがい貴族だとは思ってくれていたのか、単に性格なのか……。


とにかく、お母様の遺してくれたミカン畑を守りたいって話まで打ち明けた。



「だからね……。親方に新しく船を造ってもらっても、間に合わないことが分かって……、ため息を吐いてたの」


「う~ん、そうかぁ……」


「これだけ交易が盛んなシエナロッソで『いらない船』を持ってる人なんて、そうはいないでしょうし」


「じゃあ、僕の船を譲ってあげるよ」


「ええっ……?」



思わず怪訝な表情をしたわたしに、ビットが悪戯っぽく笑った。



「詐欺だと思う?」


「……多少」


「はははっ」



と、楽しげに笑ったビットは立ち上がって、わたしの方を見た。



「カーニャは正しい」


「え? ……自白?」


「ふふっ。ふたりで親方のところに行こう。それから親方も連れて、僕の船をゆっくり見てもらえばいいよ」



と、立ち上がったビットの微笑みが、初夏の太陽に逆光で、妙に輝いて見えた。



――ビットのくせに。



なんだかしてやられたみたいで、わたしは苦笑いしながら立ち上がり、背すじを伸ばした。

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