ぼくのかんがえたゆーとぴあ

炎氷雷 筋毒

序章

第1話:侵略者

彼は…今でもその時のことを鮮明に覚えている――

 夕暮れに照らされた異形の怪物

 そよ風一つ吹かぬ静寂

 それを突き破る咆哮

 彼がまだ12歳のときの事だった――

「ラーヴァ、起きて。朝ごはんを食べる時間、無くなっちゃうよ。」

 30代ほどと思われる男性の声だ。急かすような発言でありながら、優しい声であるため寝起きに急かされる不快感を感じさせない。

「ん……あっ!ごめんごめん!先生おはよっ!」

 目を覚ました赤髪の少年ラーヴァは急いで階段を駆け下りる。

「よしよしいい子だ。今日はラーヴァの好きな『ロルクの実』を使ったご飯だよ。」

「本当!?やったあ!」

「ああ、でも先に着替えておくんだよ。ラーヴァ。」

 ラーヴァは先生という人物の言葉に素直に答え、すぐに寝間着から外行きの綿の服に着替えると食卓についた。

「んふふ……先生の作ったごはん美味し〜♡」

「本当にロルクの実が好きなんだね。ラーヴァは皆よりも大人だよね。」

 ロルクの実は少し酸味と苦味の強い実である。そのため子供にはあまり人気がない。ラーヴァと同年代の者たちも大半は甘みのある『ホルルの実』が好みである。ラーヴァがロルクの実が好きであるというのは事実である。が、それ以上に先生に大人っぽいと思われること、周りの子たちとは違うと思われることがラーヴァにとって幸福なのであった。

「でしょ、でしょ!」

 ラーヴァは先生と呼ばれる黒髪の眼鏡をつけた男性ティーチに見せつけるようにご飯をかきこむ。

 「の、喉には詰まらせないようにね……。」

 先生も食事を始め、軽めの朝食なこともあり、程なくして2人は完食した。

 外に出てみるとその日は雲一つ無い快晴だった。

「ティーチさん、おはよう。坊やもおはよう。今日も平和だね。」

「おはようございます!平和なのは皆さんのお陰ですよ。」

「良い野菜が採れたんだ!後でお裾分けしてやるよ!」

「本当ですか!?あっすいませんがっつくような素振りを……ありがとうございますいつも助かっています。」

「先生っ おはようございます!こんなところで先生に会えるなんて幸せ〜♡」

「いや、お前この前俺と先生が家出るとこ見てただろ!変態!」

「まあまあそう大きな声で責めないでよ。未来の義母おかあさんをさ♡」

「おえっ」

「あはは……まあ二人共それくらいにして。」

先生と呼ばれている男性は村一番の人気者だ。村に駐在する兵士、畑仕事をする農夫、町の学校に通うようになった女学生……皆から声をかけられ村唯一の学校に向かった。

 学校には5分少々で到着した。

「はーい皆おはよう!」

「「「「「おはようございま〜す!!」」」」」

 2,30人ほどいる児童の顔は一斉に先生に向かう。

「良い元気だ!さて、早速授業を始めようか。今日は生物の授業だよ。」

 学校といっても授業をするのは青空の下だ。紙はよほどのことがないとこの村では使えない。口頭で大まかな話をし、木の棒を使って、地面に文字や絵を書き、言葉では伝えられないものを伝える。今日の生物の授業で描かれた絵はその多くが、おどろおどろしい怪物たち……この世界に跋扈する『危険生物エネミー』だった。

「最後に、これは『擬水スライム』。この島にも生息している危険生物だよ。川などの水場で水に紛れて獲物を狙うんだ。さらに水袋という臓器を持っていて、危険を感じるか、彼らのボスである『擬人スライム』の指令で高圧の水を噴射するんだ。」

「コワ〜」

「先生が川には一人で近づかないでって言ってるのはそういうこと?」

「そうだよ。」

 身近な危険に怯える児童たち。しかし一人だけ余裕という態度を取る男児がいた。

「でもこのサイズだろぉ?オイラの膝にも届かねぇじゃねぇか。」

 ラーヴァと同い年、お調子者の金髪少年カルマ・スミスである。

「お前なぁ……どうやって倒すんだよ。」

 ラーヴァが嗜める。

「え?いやなんかホラ、オイラのチョップでズバーってやって、ドカーンだよ!」

「ふふっ」

「アッハハハハ!」

 クラス中で笑いが起きる。

「ヌルヌルのスライムは切れないだろ〜!」

「ドカーンはどっから来たんだよ!」

「む……むぐぐ……」

 普段からクラスを賑やかにし、笑いを取るカルマだが、男のプライドというやつが傷つけられたのだろうか、今回の笑われ方は不服なようだ。

「み、見てろ!ホントにぶっ倒してアッと言わせてやるからな~!」

 そうこうしているうちに時間は経ち、午前の授業は終了した。

 お昼のご飯を食べる児童たち。ラーヴァは先生に呼ばれ皆がいる広場から離れた。

「先生?俺だけ呼び出して……なんの用でしょうか!?」

「午後の授業は実習で、森の木の実を集めてきてもらおうと思ってるんだ。それで……」

「……カルマの件ですか?」

「うん。川には行かないように言うけれど、カルマくんもしかしたら擬水スライムを探しに行っちゃうんじゃないかと思って。ラーヴァにこういうことを頼んでしまうのは教師としてやってはいけない事だとわかっているんだけどね、護衛をしてほしいと思ってるんだ。」

「先生……大丈夫ですよ。俺がしっかりあいつを守り抜きます!」

 ラーヴァがそう答えると先生は安堵の表情を見せた。

「本当にありがとう。お願いね。」

 先生の感謝の言葉でこの密会はお開きになった。

 ざわ……ざわ……

「午後の授業は実習です。皆、昨日教えた木の実の事は覚えてる?」

「今日はこの森で同じ年齢の子で組んで『テレパの実』、『ホルルの実』、そして『ロルクの実』を集めてきてもらいます。」

「先生が協力してくれる方々と一緒に安全かどうかを確認して、大丈夫だったらそのまま皆さんの夕食や朝食、おやつになります。」

 ざわ……ざわ……

「午前の授業で話したように川の、特に上流は危険だから近づかないでください!」

 普段は先生の話をよく聞く児童たちだが今回ばかりはそうもいかなかった。

「カルマ、聞いたか?俺たち、組まないとだな。」

 万円の笑みでラーヴァが話しかける。先生の『ありがとう』を脳内で無限に反芻しているのだ。

「ああ、いいけど……なんかあったか?顔キモいぜ……?」

「そんな言い方すんなよ。なっ」

「ラーヴァ君怖い……」

「いつもはあんなに冷たい声のラーヴァ君が……」

 普段からよく一緒にいる二人だがラーヴァの方から、それもこんな笑顔で接する事はなかったのだ。

 何はともあれ、カルマの方も最初からラーヴァと組む腹づもりだったらしく、すぐに提案を受け入れ、二人とクラスはいつもの雰囲気を取り戻した。

「それでは、探索開始!」

 児童たちは森の中へ駆け込んでいく。

「おいラーヴぁ。より多く実を取った方が総取りってことにしねぇか?」

「ああ、いいぜカルマ。ただホルルの実は貴重だから10ポイント換算な?」

「もちろん!」

 こうして二人も森へ足を踏み出した。二人は多くの児童たちがいる森の入口では止まらずすぐさま奥に入っていった。これは二人が森に入るのが遅れたため今更同じところで木の実を探してもまともに採れないからという理由でもあるが、二人はクラス内で最年長の12歳であり、運動能力も他のクラスメイトたちとは一線を画すため獣道の多い森の奥でも問題なく進めるからである。

 がさがさがさ……

「おぉーやっぱ奥の方がいろいろあんなぁ。」

「ここらで荒稼ぎといくか、カルマ。」

 二人は木の実を取る作業に入った。

(おっホルルの実が結構ある……)

 好感触のラーヴァ。対しカルマは

「う〜んこっちの方はロルクの実ばっかか…」

 と呟いていた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

「ふ〜っ 結構採れたなぁ」

「この辺りの木の実はだいたい採れたか……?」

 森に入ってからかれこれ2時間ほど経った。そろそろ帰ってもよい頃合いだろう。

「……あれ、カルマのやつ……あっいない!?」

 ここにいれば高得点のホルルの実を採ってカルマに勝てる……そう思ってしまったのが過ちだった。ラーヴァは東の方にある川に急いだ。

 ばしゃばしゃばしゃ……

 川についた。村から離れた森の奥から横に突っ切るように進んだため、いるのは当然山に近い川の上流である。

「お〜いカルマ 出てこ〜い! 組んだ以上は一緒に帰んないとだぞ〜!」

 反応がない。てっきり川にいるものだと思っていたが見当違いだったのだろうか。……もう夕方になる。一緒に帰っても先生に怒られてしまうだろう。

 (まあ、怒られるのもいいか……。先生の真剣な表情見れるし……。)

 そう思っていた矢先だった。

「が……あぁ……ラーヴぁ……。」

 かすかにカルマの声がした。

「カルマ!?いるのか!?お前その調子だともしかして

 バシュッ

「痛っ!?」

 水のレーザーに左の手のひらが撃ち抜かれ、手の甲まで貫通した。やはりいるようだ。擬水スライムが……。

「くっ……。声の方向は確か…… っ! カルマ!そこか!」

 カルマに駆け寄るラーヴァ。彼はそこで初めて自分たちの置かれた状況を理解した。すでに彼らの周りには何体もの擬水スライムが居た。それらはラーヴァの左足、そしてカルマの首筋から栄養を吸っていた。しかしこれで全てではないだろう。おそらくいるはずだ。カルマを人質に取るだけの知能のある個体……すなわち

「ふふふ……すぐに殺さなかったのは正解でしたなあ♡」

 擬人スライムが。

 もう勝ったと言わんばかりの態度を取る擬人スライムは長髪の少女のような姿で、わずかに水色がかった透明感のある上半身を水面から出していた。若々しい見た目とは対照に喋り方は中年男性のそれである。

「カルマ……お前もう一人じゃ逃げられそうにないな……。まあ、かくいう俺ももう左足が攣ってしまっているんだが……。」

「ふふふ…♡」ずるずる

 トドメは自分の手で刺してやろうと擬人スライムが寄ってくる。おそらく彼らの死体は川の下流へと流れ着き、彼らの死は村の人々に不運な獣害事件として処理されるだろう。――もしラーヴァに何の異能もなければ。

「悪いなカルマ。お前ちょっと火傷するぜ。『爆炎解放ばくえんかいほう』!」

 バチッ バチチチ ボオッ

 大きな摩擦音を皮切りに、ラーヴァとその周りが炎に包まれていく。ラーヴァは炎に覆われた右手を川の底に推し当て、辺り一帯に熱を伝えていく。幸い二人に付いていた擬水スライムは小型であったためカルマが蒸し焼きになる前にその全てを蒸発させる事が出来た。

「あ゙っ゙……ア゙ツイ゙ッ゙!!」

 150センチ弱ほどの2人よりわずかに小さい程度の大きさの擬人スライムは生きながらえたようだが、ラーヴァの炎は10数メートル先まで飛ばす事が可能である。また遠距離攻撃であればカルマの身を案ずる必要もない。部下を失った擬人スライムに勝ち目はない……そう思われた。

「ヒトは本当に炎というものをよく使いますなあ……ふふっただこの前学んだ事なのですが……炎というのはどうも内側より空気に触れる外側の方が熱いようなのですよ……?」

 擬人スライムはそう言うと川の流れに紛れていく。

「は、はあ……?何を言って……もががっ!?」

 擬人スライムは勢いよく川から飛び出すとラーヴァの口から体内に侵入してきた。彼の胃が拒絶反応を起こし逆流を起こそうとするが擬人スライムの侵食スピードに抗いきれない。そうこうしているうちに手足といった体組織にも擬人スライムは染み込みはじめ、肺すらもあと少しで擬人スライムの水分で満ちる状況となった。

 呼吸が……できない。擬人スライムは自分の声のような、少し骨に響く声で語りかけてきた。

「ワタシたち擬人・擬水スライムは捕食した生物の肉体構造そして記憶を奪う事が出来るのですよ♡……ふむふむ、あなた方の記憶も見えてきましたねぇ♡おお、これは……なかなかの色男!是非ともワタシの一部にしてあげ……

 トンッ

 擬人スライムが言い切る前にラーヴァは自分の両手のひらを心臓に押し当てた。

「お゙ま゙え゙……今……せん゙せい゙の゙ごどを゙言ったの゙が……?」

擬人スライムは相手の体内に侵入している間現在のものを見る視覚を失う。しかし脳が直接はっきりと見た。怒り狂うラーヴァの表情を。 

 ジュッ

 ラーヴァは自身の肉体に能力を発動し、その体は500度を超える高熱となった。

「んぎぃぃぃぃ!?あなた方ワタシを、道連れに……ハッ!?イヤ、ま……まさかっ!?」

 擬人スライムはラーヴァの記憶を再生する。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「肉体に『呪術』が刻まれているわけでは無いのですか?」

 先生は白衣の男に問いかける。白衣の男は少し困惑の表情を見せながらも答えた。

 「はい。間違いない……です。彼の特異体質は『符術』や『呪術』といった既存の技術ではないようです。」

「高温のお湯を被ってしまってもケロッとしていた……とのことですが……それについては納得できます。彼は後天的でなく先天的にその力を持っているわけですから……」

「この……炎の力を使うべくして生まれてきたってこと!?うお〜先生俺凄くない!?」

無邪気にラーヴァが笑う。白衣の男は二人に提案した。

「とはいえこんな……世界で見ても辺境の町医者の診断ですから。お二人は『北方大陸』に行く気はありませんか?あそこでしたらより詳しく調べられるかと、いえ、渡航費も、生活費も、私が支払いますから、是非とも行って欲しいのです。ラーヴァ君の特異体質の研究によって人類はさらなる進歩を遂げられるかもしれませんから。」

「なんかすげー事になってる!先生行こっ行こっ!」

「皆のことは……大丈夫?」

「え?あぁそっか。皆に会えなくなっちゃうんだ……。」

先生は白衣の男に問いかける。

「研究というのは当然、特異体質を調べるため、或いは多くの人が使える技術にする為、様々な実験をしますよね?」

「そうですね。普段は一緒に居られるでしょうが、実験の重大性によってはラーヴァ君を一時的に隔離する事になってしまうかもしれません。」

「先生と離れ離れになっちゃう!?ヤダ〜!」

 ラーヴァの表情を一瞥した後、先生は白衣の男に話しかけた。

「あの、お医者様、この件は……。」

「はい。私としては口惜しいですが、同意なきままお二人を渡航させるわけにもいきませんから。ラーヴァ君が大きくなって、意見が変わったらまた来てくださいね。」

「すみません。今日は本当にありがとうございました!」

 ――――――――――――――――――――――――――――――

「特異……体質ですとぉぉぉぉ!?」

「残念だったな。俺の炎は中まで熱いみたいだぜ!?」

「ん゙ぎぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」

 擬人スライムは急いで体内から脱出する。

 すでに彼(尤も擬人スライムに性別はないが)は足にあたる部位はほとんど蒸発し欠損していた。またラーヴァの胃液をはじめとした体液を身に纏っているせいで川の水に紛れてやり過ごす事も叶わないだろう。擬人スライムは手のひらと額を川底につけ、土下座のポーズをとり喋りだした。

 「こっ降参です!ゆるぢて下さい!ワタシにもかっカテイ?があってそれで仕方なく……このとおりです!すみません!すみません!!ずみ゙ま゙ぜん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙!!!」

 ……この台詞も、ポーズも、泣きわめく少女の声さえも、誰かから奪ってきたものなのだろう。

「お、おい……。」

 許してやる気はさらさらないラーヴァだったが、もはや威圧の領域に到達している命乞いにはたじろいでしまった。……そこを擬人スライムは見逃さなかった。

「お……終わりですぞっ死になさいっ『流水龍錘りゅうすいりゅうすい』ッ!!」

 大声で水をかき集める音を誤魔化していた彼は水の鋭い弾丸を発射したのだ。

 軌道は見事にラーヴァの心臓を捉えていた。しかし

 ビッという鋭い音がして心臓を貫くはずだった弾丸は左にそれ、脇下を掠めるに終始した。

 コロ……

 ラーヴァの近くには大半が消し飛んだホルルの実があった。

「うっ ううっ うわあああああ!」

 ラーヴァ達に背を向けノロノロと逃げ出す擬人スライム。

「逃がすか……『前方豪炎噴ぜんぽうごうえんふん』!!」

 ラーヴァは右腕から前方に炎を放射し続ける。

「ぎょええええぇぇぇぇ……」

 声とも言えない彼の断末魔が森と川の静けさに消えたあと、ようやく一安心出来たラーヴァはカルマを抱え川を下っていった。

「ごめんなぁ……オイラのせいで……。」

 歩き始めてから暫くして意識が確かになったカルマが言った。

「あの場で倒さなきゃもっと犠牲者を出してた奴だ。俺達が襲われたのは長い目で見れば幸運だった。だから気にしなくていいぞ、カルマ。」

「ホントか!?へへっ わりぃな。……オイラさ、同い年のお前がどんどん強くなるの見ててさ、焦っちゃって……。」

「そういう理由だったのか。でもお前は鍛冶屋の息子だろ?武器込みで俺を超えればいいじゃないか。」

「……そうだな!ハーッ 話したらスッキリしたぜ!あっそうだ、結局何ポイント取れた?」

「今更その話するか!?……ええと、テレパの実が6個、ロルクの実が9個、ホルルの実が3個で……45ポイントだな。」

「うーわー最悪!投げつけたのホルルの実じゃなければ勝ってたああ!咄嗟に投げたから……くっそー!」

「……お前ホント馬鹿。でも守ってくれたのお前だったんだな、カルマ。ありがとよ。」

「ま……まあヨシ!」

 楽しげな数十秒間の会話。その後数分間の沈黙。

 ……二人共感じ始めていた。違和感を。

 沈黙に耐えかねたカルマが口を開いた。

「なぁ……。村も近くなってきてるのに……全然人いなくないか?てか……静か過ぎね?」

 聞こえるのは二人の心音だけ。特別うるさいのはラーヴァの方だった。思えばおかしかった。小さい子たちの世話があるとはいえ先生がラーヴァ達をこんな時間まで放っておくはずがない。ラーヴァ達がいる場所は川だと予測がつくのだから川を下っていけば合流するはずだ。

 村で何か、重大なことが、起きている……?

 疑念が確信に変わっていくと、ラーヴァはゆっくり歩いていく事が耐えられなくなった。

「カルマ。疲れているとは思うが、こっから先はお前一人で歩け。俺は先に村に向かう。」

「えっ ちょっ オイラのこと置いてきぼり!?」

 叫ぶカルマを尻目に走り出したラーヴァはものの2,3分で村が一望出来る小高い丘まで到着した。

 村はまさしく血の海であった。しかし全員が殺されているわけではなかった。バラバラに切り刻まれている者もいれば、泣き叫ぶ稚児や怯え蹲るうずくまる者もいる。あそこでまとまっているのは……鎧が剥ぎ取られ分かり辛いがどうやら村に駐在する兵士達のようだ。拘束されているが息はある。

 ……明らかに人為的だ。

 ふと空を見上げた。ラーヴァは目を見張った。

「……竜だ……。」

 巨翼、鋭牙、長尾。そして何より……残虐な悪意。

 間違いない。昔先生に教えてもらった空想上の怪物……竜だ。

 ラーヴァはしばらく竜の様子を伺っていたが、6メートルはある巨体の持ち主複数を相手取るのは今の自分には出来ない事。そして何より村の人々の……先生の安全を確保しなければならない事を鑑みて兵士達を解放して住民を避難させる事にした。

「爆炎解放を…足に!」ボオオッ

 この炎の力を足に使ってみたのは初めてだったが、案外上手く行った。炎を推進力に変え、兵士達の下に一直線に向かった。

「大丈夫ですか!?」

 ラーヴァは炎で縄を焼き兵士達を解放する。

「ありがとう、坊や……。」

 感謝を伝える兵士達だが彼らはその場を一向に動こうとしない。

「住民の避難を手伝ってください!」

「……その必要はないよ、坊や。アイツ等は……選んで人を殺してる。一度殺されなかった人はもうどこにいても襲われない。逆に一度狙われた人は……。」

 兵士達は自分たちの後ろを指差した。

 目があった。

 それは村長と兵士長だった。立派な村長の家は嵐に遭ったかのような惨状で柱一本を残すのみ。その柱の上には二人の生首がぽつんと置かれていた。

「……ッ!」

「話は……分かりました。でも、その、ところで、先生は……。」

「「「!!」」」

 先生の名前を口に出すと兵士達の顔色が変わった。

「あ、あの人はもう死んだ!ここで待機しているんだ、坊や!」

 明らかな嘘だ。ラーヴァは兵士達の話も聞かず先生と自分の家に向かった。

「はぁっ はあっ」

 ひたすらに走る。道中いつも野菜をくれる農夫に出会った。ひどく怯えた状態であったが彼は殺されていなかった。

「はあっ はあっ」

にちゅ…

もうすぐ家が見えるというところで肉を踏みにじった。

「俺の母親になるんじゃなかったのかよ、オイ……。」

 視線を下ろすとあの女学生だった。校章の付いていた服は跡形もなく切り裂かれており、個人を特定できる程度ではあったが……彼女自身、髪も体も容赦なく切り捨てられており見るも無惨な姿だ。しかし切り傷以外は見当たらず、犯人……犯竜?が性的欲求を満たすために彼女を襲ったわけではないことが容易に推察できた。

 ……竜は一体、何を基準に殺しをしている……?

 考えをまとめる暇もなく家に着いた。

 先生はやはり生きていた。しかし先生の頭を押さえている竜が、そこには居た。

「で……でかい でかすぎる……!」

 空を飛び回る竜達の3倍近くはある巨大な竜だ。黄土色の体色と灰色の爪を持ち、ラーヴァと先生の間に風のフィルターのようなものを張っている。

「前方豪炎噴!」

 先程猛威を振るったラーヴァの火炎放射も風に弾かれ全く届いていない。

「な……何だと……?」

 絶望するラーヴァ。しばらく沈黙していた風の竜だったがその嘴のようになった口を開いた。

「おい、此奴ははお前の生徒なのか……?」

 竜が人の言葉を話している。

 (ふざけるなお前が人の言葉を話すな俺が先生の生徒かって?そうに決まっているだろいちいち聞くな)

 目の前の巨竜にも臆さずそう言ってやろうと思った。しかしそれは先生の声によって阻まれた。

「いえ、違います。彼は私の生徒ではありません。私は彼に何一つ教えてなどいません。」

「……え?」

 困惑するラーヴァ。先生が何を言っているのか理解できなかった。先生はラーヴァに何でも教えてくれたからだ。村での生き方も世界の構造も……赤子が何処からやってくるのかといったナイーブな話でも。その先生本人が今まで教えてくれた事を、疑問に真剣に向き合ってくれた時間もその全てを否定しているのだ。これが我慢できるだろうか?ラーヴァは頭を回し自身の持ち得るありったけの語彙をもってこの竜を責め立て、反論してやろうと思った。だが考えをまとめた時竜が話し始めたため彼が話すことは叶わなかった。しかし彼はつくづく運が良い。もしもそれを口走っていたら間違いなくこの場で殺されていただろうから。

「そうか。少年。もう行って良いぞ。ワシは無知な者は殺さぬ。」

「…!」

 ラーヴァは抱えていた全ての疑問を解消した。このドラゴンは知識のある者だけを選んで殺して回っていたのだ。ラーヴァは先生の教え子だと胸を張って言いたかったがそれだけはやめてくれと先生の目が訴えている。視線を下ろすとクラスメイトの残骸が転がっていた。わざわざ……この踏み絵じみた儀式をするためだけに先生は生かされていたのだろう。

「この者が何も知らないとなると、お前が言った通りもうお前の生徒はいないようだな……。そろそろ始末するか。」竜はそう言うと爪先を先生の頭部に近づける。爪からは空気が漏れ出ている。

「まっ待ってください!な……何で知識のある人は、殺されなきゃ、いけないんですか!?」

 ラーヴァが涙を堪えながら必死に訴える。ドラゴンはしばし悩むような素振りを見せた後話しだした。

「フム、よかろう。小僧、これだけは知っていて良いぞ。ワシの行き着いたこの世の真理じゃ。

 人は知識をもって悪を知り

 人は知恵をもって悪を為す

 のじゃ。」

 爪の先が先生の頭部に刺さり、空気が注入されていく。

「その人からは何も教わってないです。でも親代わりなんです!お願いします!殺さないでください!」

 憎むべき相手を前にラーヴァは哀願する。

「駄目じゃ。生半可なやり方では今まで死んでいった者たちも浮かばれんぞ?」

 意味のわからない、自分勝手な責任感である。説得が不可能であると察しながらもラーヴァは何も言わずにはいられず頼み続ける。その間にも先生の頭部には空気が注入されていく。見ないように身振りをする先生だったが、ラーヴァは決して目を逸らさなかった。

 ボ ン ッ !

 ――瞬間、先生の頭は炸裂する。

「ぅ……ぁ……あ……あ……」

「うわああああああああ!!うああああああ!!」

 ラーヴァの堪えていた涙がどっと溢れ出す。

「ぐぅぅぅバーッハッハッハッ!無駄に知識を詰め込んだ脳みそが破裂して死ぬとは、インテリ男には相応しい死に方じゃ!我ながらようやった。」

 「くく、これからだ……これから皆余分な知識を知らず、ただ不幸にそして怠惰になるだけの娯楽を知らず……農業に勤しみ隣人を慈しむ事ができる地を……

 ワシの考えた理想郷ユートピアを生みだすぞ!」

「バーッハッハッ バーッハッハッ ンヒッ!!」

 涙で視界を曇らせながらもラーヴァは先生の死からも、悪趣味な宣言も目を背けなかった。

「はぁ……はぁ……おい、ドラゴン。お前に、名前は、ある、のか……?」

 この日受けた屈辱そしてその命に刻み込まれた復讐の意志を決して忘れないためだ。

「ぬ……?口の聞き方のなってない……イヤ、まあいいか。マナーなどというものも人を腐らせる害悪じゃ。」

「ワシの名はジャニエル。『嵐気竜ジャニエル』じゃ。まあ後で全員にも言うがな。」

(ジャニエル……ドラゴン……覚えていろ……お前達を、必ず、殺す……!!)

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 AD194年5月12日

 わずか一日によってこの島はジャニエルの手に落ちた。

 その後ラーヴァ達はジャニエルの作った農園で労働を強いられる事となった……。

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