英雄騎士の壮絶な甘やかし~彼の世界は、私中心に回ってる様です~

烏兎 美々子

英雄騎士の壮絶な甘やかし

 昔々、ある日ある時。花達が華やぐ花畑に独り、少女がいた。

 日の落ちかかる夕暮れ、黄昏時。辺りに闇が立ち込める。輝く花畑にも闇が徐々に陰り始める。

 それにも関わらず少女は懸命に、花冠を完成させようと、最後の飾り付けになるシロツメクサに、手を伸ばした。

 「これをーーーに、あげるんだ!絶対に!!」

 少女の顔面は暗闇の中でも、はっきりと輝いていた。幸せしか知らない無垢な面持ちで。

 しかし、少女は気づかなかった。悪意が近づいている事に。

 暖かな静寂を裂いて、魔の手が襲いかかる。

 『グガガガ!!グルルルル!!!ヘヘッ!』

 「きゃあーーー!!!」

 言葉足らずな魔獣は、少女を掴む。反動で、少女の編んだ花冠は無情にも散った。

 このままでは、少女自身の命もーーー散ってしまうのでは?

 そんな想いに駆られた少女は、泣きじゃくった。あまりの恐怖に言葉が出ない。

 【私の世界が終わるのに、あの花冠すら贈れなかった】

 幸福な少女は【絶望】に心身を蝕まれる。

 それは、長く長く。それから何処までも彼女に陰を落とし、彼女を支配するのだった。


 気絶した少女は、そのすぐ後に『とある少年』によって即座に救われるのであったが、少女は知る由もない。

 少女は気づくと、よく知っている自分の家のフカフカのベッドの中に居た。

 ベッドの中は温かかった。

 なのに、悲しい涙が止まらなかった。

 それから少女は眠りに就いたが、彼女の両親や屋敷の人間は、誰一人として、一睡も出来なかった。

 少女がウトウトと夢へと入る中、一人の少年の声がした…気がした。




 「俺は、魔王を倒す英雄になりたい。」




 これが、私『カミラ・スカーレット』の、昔話。

 自分の落ち度で起こった、情けない昔の話。

 今の私は、ナギフ王国にある屋敷から出ることを許されない身となった。全ては私の命の為だ。

 魔族に襲われた事で、屋敷での幽閉を決めた両親を憎む事などない。何より私の為なのだから。

 春の陽射しに繁る木々に、仲睦まじく羽ばたく鳥達を眺めたり、メイド達と、なんて事ない屋敷での日々を語ったりと、屋敷だけでも楽しい事なら山程ある。

 楽しいの。こんなにも広いお屋敷だもの。

 永眠する日まで、屋敷の中で一生を終える。それで良い。たまに「彼」も、屋敷に遊びに来てくれるのだし。

 親切に彼は、

『いつか、魔族を滅ぼしてみせるから。』

 なんて、私を励ましてくれる。その気持ちだけで嬉しいからいいの。


 【外界から魔族が滅びる事などあり得ないのだから。】

 あの、凄まじい恐怖と憎悪達が、世界から消え去ることなど、無いのだから。


 私は、無意識に眺めていた窓辺から目を反らし、柘榴飾りのある椅子から立ち上がる。

 そろそろ「彼」が来る時間だ。

 キィと、扉が静かに開いて、メイド長が案内する。

 「カミラ様、ソロモン・ブライト様がお越しになりました。対面をお願いいたします。」

 「わかったわ、案内しなさい。」

 何時も私を粘り強く励ましてくれる男こと、ソロモン・ブライトは、今日も今日とて、私と話に来てくれたらしい。

 健気さ・一途さ・根気良さ。

 生きてゆくのに大切な三拍子を兼ね備えた逸材である彼が、私に唯一、屋敷外から関わってくれていることに感謝しなければ。


 それでも世界から魔族は消えないのだ。

 覆せない事実に、泣けてくるけれども。


 でも、欠かさずに来てくれるソロモンには、笑顔で会わないとね。

 辛気臭くない笑顔!明るいスマイル!を心がけて、私は紅い絨毯の引かれた階段を降り、ソロモンと対面した。


 『俺、今日、魔王を倒したよ!!!』

 『カミラ、おめでとう!!!晴れて自由の身だね!!!』


 そうそう、何時も通りのこのハイテンションで、ソロモンは私に先ずは抱きついて来るのである。

 「会いたかった!ソロモン!!」

 「………へ?」

 「あら、どうしたの…?」

 「いや…俺、今日魔王倒したんだって…。」

 あれ?『カミラ!会いたかった!!』って、何時も通りに言ったんじゃないの!?

 「ね?魔王倒したから褒めてよ?」

 カミラは静止して、思考を駆け巡らせる。


 【魔王を、倒したのーーー!?!?】


 あれ?魔王って、この世から葬れるんだ。

 へえ!!!勉強になったわ!!!


「そうだよ?カミラ。魔王って、この世から葬れるんだ。また一つ賢くなったね!」

 いや、この男、私の思考を読んでいる。

「魔王を倒したら、なんか他の魔族もきえたっぽいよ。そんなシステムなのかもな!」  

 そ…そうか…!?!そうなのね!?!?

 カミラは突然すぎる、幽閉からの解放に、感情の処理が追いつかない。

 そういえば、

 『俺、暫く出かけるから。』なんて、ソロモンが言ってた気がするような。

【暫く】の間なんて、ほんの三ヵ月だったような。

三ヶ月って、トライアル期間じゃあるまいし。そんな序盤な短期で魔王達は倒されたなんてこと。


 「まだ信じられないみたいだね?ほら、よーく外を見てご覧。ここの所ずっと晴天じゃない?」

 ………あ、本当だわ。

 魔族がいた頃は、定期的に雨風が激しく吹いていた事があったけれども、確かにここ数ヶ月、穏やかな天気が続いている。嵐が起こるようなこともなかった。

 食料や日用品などの必需品を積んだ馬車が、来れなくなるような事態もない。


 「いつの間にか、平和になってたのね…?」

 ふと、ソロモンは鞄からリンゴを取り出し、カミラに差し出す。

 「最北の国から来たリンゴも、ほら、この通りここにある。交易ルートが正常化したんだ。もう、邪魔者は居なくなった。」

 ソロモンは、魔王が居なくなって清々した。とでも云わんばかりに、ムシャリとカミラの手にあるリンゴを頬張る。

 「こうやって、カミラからのご馳走も安心して食べられるしね。平和サイコー!!万々歳!!!ウンウン!!!」

 魔王を倒してカミラの時間が手に入った!!なんともご満悦。満面の笑みを浮かべるソロモンは、デレデレしてるんだけれども、何処か前よりも『頼りになる男前』に成長していた。

 カミラは、一瞬見惚れる。

 そして、何時もにも増して『積極的』なソロモンである。


 『で、カミラを俺の花嫁として、国中に紹介するからね。』

 「実は………!【魔王を倒した英雄勇者による・全国民の為の激励演説!!】が、あるんだ。これから。」

 あ、これからなのね。


 ソロモンはニヤリと白い歯を魅せて、カミラをお姫様抱っこする。

 外で待機していた絢爛な馬車。従者が扉を開いて、ソロモンがカミラを座席にそっと降ろす。

「俺だけの綺麗な奥さんを、皆に披露するのが、楽しみだ。」

 そう、カミラの耳元でわざとらしく息をかけながら囁くと、見据えた眼でカミラを見るソロモン。耳元で囁くヤツを、やりたかった様だ。得意気である。

 (いつの間に、なんて事覚えてるんだか…。)

 クサイなあ。と呆れながらも、ゾワゾワするような嫌悪は無く、寧ろそれは安堵のあるような茶目っ気に感じられたカミラだった。



 馬車は風のように軽やかに駆ける。窓から見える草むらは凪ぎ、眺めているだけでも気分が快い。雲ひとつ無い青い空には白い光を放つ太陽が耀いて、神聖さを、これからの世界が神の加護を受けるかのような幸福な空気に満ちていた。

 馬車の中は二人きり。

 ソロモンとカミラの二人っきりである。


 「私…、お屋敷で着てた服のままで出てちゃったけれども…大丈夫かしら?」

 カミラの胸で星の如くの輝きのネックレスが揺れる。嫌みではないが、カミラの家は国の中でも有数の資産家貴族である。

 カミラより下級の貴族出身のソロモンである。

 「カミラはそのままでも充分に魅力的さ。大丈夫、大丈夫。」

 「それなら良かった…。髪も充分に手入れしていないから、どうしましょうかと。」

 それでも、カミラの髪は艶やかに煌めいて。唇にはチェリーブロッサムの色味の、何とも愛らしい口紅をひいている。

 ソロモンはカミラの、ちょっと控えめだけどとても品のあるセンスが好きだ。

 華奢な指のその先に、健康なピンクの爪を携えているカミラ。

 気付くとソロモンはカミラの真珠のような手を取って、ソロモンの頬にあてていた。


 「ね、カミラ。魔王を倒した御褒美。………今頂戴?」


 ソロモンの円やかな菫色の瞳が、カミラのサクランボの様に紅い瞳を貫く。

 ソロモンは、カミラの手を徐々にソロモンの唇へと写し、唇で手をうっとりと撫でながら懇願した。

 「心臓を鷲掴みするようなモノだと嬉しいな。」

 「………そんなの、まだ準備できてないわよ…。」

 「ん…。なら、さ。」

 ソロモンは、カミラの手にキスすると、大型犬が甘え懐いてくるかのような距離で詰め寄ってきた。

 カミラの隣に座って、カミラの腰に手を回す。と、じんわりと、ゆっくりと。カミラを押し倒した。

 「………あっ………。」

 カミラから吐息が漏れる。

 ため息を聴いて、ソロモンは少年のような無邪気さから一転、雄の顔を見せる。

 「御褒美頂戴な、カミラから。もう、立派な女だろ?」

 ソロモンの顔が近い。近すぎる。ソロモンの生暖かい息が、カミラの顔にかかる。色気ある息づかいに、カミラの方が先に心臓を掴まれてしまった。

 「ココに、欲しい。」

 ソロモンは、自身の唇をじっくりと指差す。

 カミラは、こんなにもソロモンと近い距離になったことはない。

 間近で視るソロモンは、他は比にならないくらいに男前だなと素直な感想が湧いた。

 ソロモンの厚い唇に、カミラ自身の唇を重ねたい。

 ほの暗い欲望とは正反対の、暖かな光への羨望のような欲求がカミラに溢れる。


 『世界を…私を。救ってくれて、ありがとう。ソロモン。』


 ソロモンの温度は、彼そのもので。

 触れ合う唇を交わす度に。

 ソロモンの心の暖かさを、カミラに移してゆくのだった。



「ゴッホン、ゴホゴホ!!ゴッ!!!」

耳障りな咳払いに、眠っていたカミラは眼を開いた。

 気付くとソロモンの上で眠っていた様だ。

 「五月蝿いわねえ…!」

 「カミラ様、ソロモン様。城に到着しました。…が?」

 雇い主であるカミラ達にも怯むことなく、二人のイチャイチャをただただ黙認していた騎手は、キチンと城での仕事をこなすようにと、催促してきた。

 惚気ている場合ではない。

 「国民達は既に、広場にて控えてますので。ではでは!」

 馬車を降りて、石畳の上に足を降ろす。


 そこは広場の上方にある、演説台の近く。

 まだ少し遠い広場から、ひしめく民衆の声が聞こえる。相当な人数だ。

 カミラの心が揺らぐ。

 長年幽閉されていた自分が、果たして受け入れられるのだろうか。世界を救った英雄・ソロモンの花嫁として。

 「声のトーンから解るよ。間違いなく、お祝いムードだから。」

 ソロモンは毅然として、カミラに告げた。

 「…カミラは、怯えることはないさ。」

 「なら、そうなのね。」

 「そ。演説内容は、ハートの中で既に考えているからね。安心して共に皆を、世界を激励しよう!!!」

 「ハートで考えてるって、それはアドリブ…?」

 ポカンとソロモンの方をみるカミラの顔は緩んでいた。ソロモンが変なこと言うから、緊張も緩んでいた。

 「その感じで。さ、行こっか!」

 「ええ。」

 思い返しては含み笑いを浮かべながら、二人は民衆の前へと進んでいった。

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