侵入者

滝口アルファ

前編

冬の夜のことだった。


新人美容師の

佐々木葵ささきあおいは、

人通りのほとんどない、

いつもの帰り道を

歩きスマホしていた。


「さようなら」

送信。

恋人のモラハラ男に

別れのLINEを送って、

葵は清々しい気分だった。


(それにしても、

今夜は綺麗な満月ね)


葵はしばらく立ち止まって、

月光を浴びながら、

冬の満月を見上げていた。

すると、

月光がするすると

葵の体内へ入ってくる感じがした。


(まさか、

気のせいよね、気のせい)


しかし、

月光は、

打ってつけの標的を見つけたかのように、

葵の体内へ

するするするする入り続けてきた。


(何?

どういうこと?)


そう思っている間に、

月光は、

葵の体を占拠した。

葵は体を動かそうとしても、

動かせなかったが、

体内に犇めいている月光によって、

きらきら発光していた。


(マジで?

なんだか、かぐや姫みたい!)


月光は、

エイリアンのように

葵を乗っ取って、

金縛りのように、

その場に立ち尽くさせ続けた。


(しまった!

今夜の月光は敵だったのだ。

ただの月光だと思って、

すっかり油断していたわ。

もしかして、

このまま私を

かぐや姫のように、

月にさらっていくつもりかしら)


葵は、

ただただ、

この身動きの出来ない現実を、

受け入れざるを得なかった。

しかし、

葵は次第に、

お酒に酔ったような、

心地よさを感じるようになっていた。


(これって、

もしかして、

あのモラハラ男を

いきなり振った美しい罰かしら?)


葵は、

月光に体を支配されたまま、

ちょっとだけ反省した。

冬の満月は、

葵を乗っ取ったことで、

いよいよ輝きを増しているように見えた。


ところが、

事態は動いた。

どうやら月光に対する免疫が出来たらしく、

月光は葵の体内へ入ってくることが

出来なくなっていた。

そして、

葵の体内に侵入していた

月光たちも、

つぎつぎと、

光る泡のように消えていった。

葵は、

月光の支配から解放されたのだ。


(ほっ。よかった。

それにしても、

なんて奇妙な夜だろう。

さっさと帰ろう)


普通に体が動かせるようになった葵は、

落ちていた自分のスマホを拾って

バッグに入れると、

足早に自宅アパートへ歩き出した。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る