DQN(どく)を以って毒を制する

ドロップ

第一章 はじまりの村

第1話 毒の転生者

 42歳。厄年。


 俺の死んだ歳だ。


 弱い人間だった。ストレスで胃腸を病み、重症化してその年のうちに死んだ。

 

 俺なりには、真面目に生きたつもりだった。


 だが、に過ぎなかった。


 虚しさが残る。 


 俺は、病院のベッドで息を引き取った。


 次に目を覚ますと、天界の雲のベッドの上にいた。


 神様が目の前に立っていた。

 

 神が俺に言った。


「そなたは、毒を以って毒を制するという言葉を知っておるな。おぬしには来世で、毒を制するための毒になってもらう」


 毒という言葉、嫌いではない。むしろ、興味を惹かれる。


 だから俺は、こう返答した。


「わかりました。私は、神に命ぜられた通りの毒になります」


 神は、満足げに微笑んだ。


「よろしい。では、さっそくお主を、次の世界に転生させる」


 俺は、目を閉じた。


 次に目を開くと、草原が広がっていた。


 早くも、転生が完了したようだ。


 隣に、女神らしき女が立っていて、俺に話しかけてきた。


「ようこそ、アルカディアスの世界へ」


 女神は、女神らしい出で立ちだった。

 

 美しい肌。生き生きした毛髪。清らかな衣。


「毒になる覚悟は、できていますか?」

 

 女神の声は、真面目そうな声だった。浮いた感じが一切なかった。


「ああ。できてる」


 俺は、いいひとでいることに疲れていた。せっかく異世界に転生できたんだ。今度は、自分の意志で汚れたい。


「ではさっそく、肩慣らしがてら、最初のクエストに向かいましょう」 


「ああ、といいたいところだが、その前にチュートリアルを頼む。この世界の成り立ちを教えてくれ」 


 女神は歩きながら、アルカディアスの成り立ちを教えてくれた。


 聞いてると、死ぬ少し前に読んだ異世界転生ノベルの世界観と大差ないことがわかった。


 剣と魔法の世界で、モンスターなどと戦い、レベルを上げ、獲得した戦利品を換金して道具を買い揃え、強くなる。


 職業クラスは、転生時に決まっていて途中変更不可。俺のクラスは盗賊シーフだった。


 神様の意志によって自動で決まるらしい。


 盗賊シーフ──悪くはない。


 レベルを上げれば、影のように動くスキルが獲得できよう。暗殺稼業には持って来いだ。


 毒になるには適職だ。


 女神に教えられた通りに、「ステータス」と心で念じてみた。


 目の前にウインドウが現れた。


 NAME:ロバート

 CLASS:盗賊

 LV:99


 ロバート──神が俺に与えた新たな名前らしい。


 初期レベル99。


「いきなり最強か」


 おもわずつぶやいた。


「ええ。ただし、あなたは毒役なので、決して英雄のパーティーには入れません。聴衆から称えられることは、きっとないでしょうね」


 フン。俺は鼻で笑った。


 キラキラしたものとは無縁でいい。


 女神の言葉に、俺はかえって安心した。


「スキル」


 心で念じてウインドウを切り替えた。


 ウインドウは空白だった。


「レベル最強なのに、スキルはゼロなのか?」


 女神が答えた。


「あなたはシーフ。スキルは他人から盗んでください」


「技は見て盗めってやつか」


 なんだか職人の世界みたいだな。


 戦闘の際、敵が使った技を、自動でラーニングするシステムなんだろう。魔法だろうが、格闘技だろうが、クラスの垣根を超えたスキルを所有できるズルい設定だ。


 悪くない。


「そろそろね」


 言った女神は、前方に現れた小さな村を見ていた。


 女神が、俺に試すような視線を向けて言った。


「この村は今、ある毒に侵されています。その毒を、あなたに制してもらいます。覚悟はできていますか」


 生前はお人よしで小心者だったから、いざ出陣となると、少し怖くなった。


 前世の名残だ。心臓がドキドキしている。膝が震え出した。


 だが、行く。震えながら進んでこそ勇気だ。


「行こう」


 俺は、一見すると平和そうな村に、歩みを進めた。


 俺の新たな冒険が、今始まった。

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