あの夏の向こうへ

茶山茶々子

第1話 夢と追憶

2012年の夏の終わり。恵里菜はようやく空いた席にどかっと腰を下ろした。その拍子に、肩まで伸びた髪が弾む。

新幹線の復旧が遅れ、電車が混むことは知っていた。それでも大きな荷物を抱えて何時間も満員電車の中で立っていたのだ。少し行儀が悪いことは許してほしい。

(ちょっとでも寝よう……。)

隣の乗客の寝顔越しに、小さく海が見えた。故郷に着くのはもうすぐだ。

(やっと、会えるんだ。)

疲れた顔では居られないと、彼女は目を閉じた。



幼稚園の時から1番親しい拓海が引っ越すと聞いた恵里菜は毎日沈んでいた。テレビも周りも連日シドニーオリンピックで盛り上がっているが、彼女を励ます力にはならない。

それどころか、先週の13歳の誕生日にも落ち込んでいたくらいだ。

真っ直ぐなショートへアがすっかり顔を隠してしまえるほどに、机に深く伏せて泣いていた日もあった。

伏せていた顔を横にし、机の左側に貼られた「ジャングルジムに登る恵里菜」の絵を見る。

クラスの誰よりも早くジャングルジムに登っては、縁側に座って靴を履く拓海に手をブンブン振る。そんな流れが当時の幼稚園ではいつも繰り広げられていた。

「幼稚園で初めて会ってから、いつも一緒に居た。」

と2人の両親は口を揃えて言うが、何故そんなにべったり一緒にいるのか、自分たちでも解らない。

とにかく、一緒に居たかった。2人で居るときは、何気ないことで笑い合えた。砂浜に寝そべると、太陽が眩しくて手で覆う。大きな太陽が自分達子どもの手に収まる。それだけで可笑しくておかしくて、いつまでも笑い転げていた。

この小さな町の中では1番寡黙で表情が変わらない子どもだった拓海も、恵里菜の隣では顔を崩す。彼は自分と逆の彼女の様子を、心地よく面白く感じていた。

お互いに同性の友人もいるが、こんなにいつも一緒ではない。

2人には、「波長が合う」という言葉がぴったりと当てはまる。


だが、親同士は子どもが仲が良いだけの表面上の関係で、両家とも引っ越し後に交流する気は無かった。

年頃になりつつある我が子が異性の親友を持つのを歓迎出来ないのもあるが、何より2人の仲を「ナメていた」ことが大きい。

恵里菜の親、拓海の親、そして周りの大人も

「異性の子ども同士の友情なんて、離れればすぐ薄れるよ。」

と思っていたのだ。


〈続〉


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