その花が咲くように

北前 憂

あさがお

 

          1

 

 目が覚めたら見覚えのない場所に居る。

こんな時、誰でも同じ様な反応をするんじゃないだろうか。

ぼんやりした頭で、自分の頭の中にある記憶と何とか合致させようとする。それでも分からない時は、眠る前にどうしていたか記憶を探る。そのうち次第に覚醒してくると、いよいよ本格的に考える。

ここは何処だ、と。


今の自分がまさにその状況だった。

住んでいる家では勿論なく、友達のアパートでもない。そこで、昨夜の記憶を思い起こしてみる。


ゆうべは高校の同級生と久しぶりに会って、みんなで美味しい食事とワインを楽しみ、盛り上がった時のルーティンでカラオケに行った。

2時間利用で入店したが、延長に次ぐ延長で最終的に何時まで居たのか分からない。

得点ゲームで「最下位になったらハイボール」ルールを誰かが言い出して、自分が一番多かった気がする。

友達が歌ってる時にウトウトしてたのを何度も起こされた。

でもその記憶もおぼろげだ。夢だったのか現実なのかもはっきりしない。


だけど。


全く知らない場所に居る今の状況は紛れもなく現実だ。

頭が覚めてくると本気でどういう事か考え始める。

もしここが、白いコンクリートの壁で囲われた部屋のベッドだったら、何故かは分からないが病院に居るのだと理解出来るだろう。

 でもここは · · · · ·。


私はもう一度部屋を見回してみる。どんなに考えても、こんな場所に自分が居る理由が分からない。

壁も天井も木で造られていて、部屋には電灯もない。それでも周りがよく見えるのは窓から差し込む陽の光のおかげだった。

窓とは言ってもガラスではなく、天井や壁の一部が四角くくり抜かれて、外へ開け放たれているだけだ。カーテンすらない。

次に考えたのは、自分は何かの事件に巻き込まれて山小屋にでも連れてこられたのではないか、という事だ。

人は理解できない状況に陥った時、何とか自分の理解出来るものに当てはめようとする。例えそれが非現実的なものであっても。

さらわれたにしては特に見張りも居ない様なので、この木造の部屋から一刻も早く外に出たいと思った。逃げられないとしても、せめてこの囲われた場所から出て外の景色を確かめたい。そうしなければどうにかなってしまいそうだった。

取っ手もない扉に手をかけると、それは簡単に動いた。

 良かった。鍵を掛けて閉じ込められてる訳で

 はなかったようだ。


開ける直前、色んな事が頭を駆け巡った。

映画であった様な、世界が荒廃した景色が広がっていたら。

周りは災害で崩壊し、濁流が流れていたら。

それとも、世界など無くただの空間にポツンとこの小屋だけが建ってるとしたら· · · · ·。

ゾクッとする想像を振り払って、私は思い切って扉を開けた。



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ぎゅっと閉じていた目を、ゆっくりと薄く開けていく。荒廃した世界も、濁流もそこにはなかった。

ちゃんと大地があり、遠くに山も見える。緑の草むらにはあさがおも顔を出している。

心からホっとした。


世界が存在している。

自分が生きている。

あさがおが咲いている。

当たり前の事に心からホッとして涙が出そうになる。

だが安心したあと、今度は別の不安にかられる。

自分は何故こんな所にいるんだろう?ここは何処だろう?誰がこんな所に連れてきたんだろう?

それとも記憶が無いだけで、もしかして私は自分でここに来たのか?· · · · ·まさか。

とにかく人に会いたい、と思った。こんな訳の分からない所で、一人で居るのが心細かった。自分以外にも誰かが存在している事を確かめたかった。今はそう信じないと、いや信じるしかないと思った。

例えそれが自分を誘拐した犯人でも、とにかく人の姿を確かめたい。



草地に向かって一歩踏み出そうとした時、目の前に白い靄(もや)のようなものが現れた。

何だろうと思っていると霞は段々とひと所に集まり始め、白いぼやけた感じも次第にはっきりと、光を放つように見え出す。

やがてそれは、人の大きさ程になった。


動く事も出来ずにじっと見つめていると、光の靄は老人のような形になり、自分がイメージするところの “ 神様 ” の様な姿になった。

“ 神様 ” は口を開かずに声を発する。

【汝の魂よ。其(そ)をこの地へ呼び寄せたのは我なり】

あまりの唐突な出来事に私はただポカンとする。

【我は形を持たず、色もなく、音も無い。今そなたに聞こえるのは汝の魂の中に在るもの】

つまり、自分の心の中でイメージする “ 神様 ” が現れた、という事だろうか?

その事を声に出してないのに、 “ 神様 ” は

【我は神にあらず、人にあらず、幻にあらず】と応える。

口は相変わらず動かない。まるで耳ではなく心に直接話し掛けられている様に感じた。

【そなたに、世を救わんとする命(めい)が課せられておる。我はその手助けのため、そなたの前に現れり】

話している内容が現実と掛け離れてて、しかも今の状況が理解出来なくて全く頭に入って来ない。

【目を閉じ、心を開くが良い。汝の御魂へ全てを言伝(ことづて)よう】

私は言われた通りに目を閉じてみた。すると、心の中に様々な物事が取り込まれてきた。

非現実的な事なのに、不思議と慌てる事もパニックになる事も無かった。

目を開くと、輝くモヤの"神様”はまだそこにいる。


ひとつ疑問だったのは、なぜ私なのかということだ。

その疑問に、またしても口を動かさずに "神様 ”は答える。

【そなたの中にある無垢な心、慈愛、そして何より魂の波がこの世界と結びつきをもった。全てはそなたの中にあるもの。そなたの全てでありそなたの一部】


私はもう一度、静かに目を閉じた。

心の中は穏やかに、与えられたそのものを受け入れた。それは普通であればおよそ信じがたい事だったが、今この瞬間から「それ」が現実であり常識であり、自分が存在する意味となった。

【事が全うし、時が来たのち我は再びそなたの前に現れる。そして汝を「元の世界」へと戻す役割を果たそう】

 

 転生、異世界、夢 · · · · ·。

「元の世界」で得た常識や知識、そして自分自身まで “ 神様 ” の靄と共に段々薄れ、消えていく。

 

最初に見た綺麗なアサガオだけが、最後にまぶたに残って、消えた。


 

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