死神になった俺が、死に際の恋人を見つけた話

一条珠綾

第1話

「こんな仕事は、やってられん」

 秋風が吹き荒ぶ午後、俺は大きな鎌を持って、空中を飛んでいた。俺は死神をやっている。死神部署から支給される黒いスーツと大きな鎌がトレードマークだ。短く切った髪は、釜茹でで使われる油を借りパクして固めたオールバックにしている。昔から、この髪型にすると気合が入る。飲み屋のねえちゃんにはダサいと言われていたが。

 生前は、盗みや喧嘩、暴力なんかは日常茶飯事だったから、地獄行きは妥当だと思っていたが、地獄に行ってまで仕事をせねばならんとは思っても見なかった。

 今、地獄は大不況だ。悪人が減ってしまったため活気がなく、俺みたいなペーペーが死神をやらされている。

 その不況を見かねて、閻魔は「天国に行けるかもしれない魂を地獄へ引き摺り込もうキャンペーン」(通称「天国キャンペーン」)を実施している。

 天国キャンペーンの仕組みは簡単。悪人にはレベル1からレベル10までいるが、確実に天国に行けるやつはレベル1のやつだけで、レベル2から7くらいまでは、天使が迎えに来るのが早いか、死神が迎えに来るのが早いかで、逝き先が決まる。レベル8以上は、死んでも天使に無視されるので、死神が迎えにいくしかない。余談だが、俺はレベル9だったと聞いている。

 天国キャンペーンは、そのレベル2から7くらいのやつを見つけて、天使がやって来るよりも前に、魂をこの鎌で狩って、地獄へ連れて行くというものだ。死神一人一人にノルマが課されていて、そのノルマを達成したら、輪廻転生に戻れるらしい。らしいというのは、まだ誰もノルマを達成したことがないから分からない。俺のノルマは、あと十二万二百五人だったか。

 途方もない数字に思いを馳せながら空を飛んでいると、ふと死臭が鼻についた。この臭いの濃さは、もう少しで死ぬ人間が近くにいるということだ。悪人レベルは、姿を見てみないと分からないが、

 その死臭を頼りに飛んでいくと、そこは普通の病院だった。ぐるりと周りを飛んで確かめると、死臭の主は病院の右端の個室にいるようだ。そして、窓を通り抜けて、にょきっと頭を出して見てみると、個室の中央に位置するベッドに寝ていたのは、俺が死ぬ直前まで付き合っていた優だった。

 俺が死んでから、十年は経っていて、優は綺麗に歳をとっていた。しかし、ひどく弱っているのだろう。顔は青白く、身体は痩せ細っていた。息をしているのか分からないほど、部屋の中は静寂に包まれている。

 俺は、その姿を見た瞬間、ぶわりと鳥肌が立った。鳥肌は、人間に残された最後の防衛本能だというのは本当だろうか。

 優と俺は同い年で、俺達は二人とも親がいなかった。境遇が似ていたから、傷を舐め合うように、支え合うように生きていたが、俺は簡単に道を踏み外した。その道から戻ってこられなかった。

 そんな俺とは違い、優は綺麗だった。身体の線は細く、黒目がちな瞳は、俺をいつも探していた。いつしか、そんな優の姿を見ると、胸の奥が熱くなり、その熱を逃すために、その身体を抱いた。柔らかい優の中に入っている瞬間は、例えようもない幸福感だった。男同士だとかは知ったこっちゃない。身体だけじゃなく、心まで興奮するのは、優を抱いている時だけだった。

 高校卒業後は、二人でアパートを借りて暮らした。優は身体が弱かったから、働きに出ることなく、家で過ごしていた。それで良いと思っていた。こんな弱っちい生き物は社会に出たら、簡単に潰されてしまう。俺が二人分の生活費を稼げばいいだけだ。お金のために、色々なことに手をつけた。

 ある日、俺は、喧嘩の助っ人として呼ばれた。何だかよく分からない話だったが、金払いがよかったので、安請け合いした。それが、最後の仕事になるとも知らずに。

 最後の日、優を抱いてから、日付が変わるか変わらないかという時間に仕事に出かけた。

「またどこかへ出かけるの……?」

 優は起きて、布団の中から、俺に声をかけた。その声は甘く掠れている。

「んぁ? ちょっとな。寝とけ」 

「……分かった。帰るとき、連絡して」

 俺達の間に言葉はなかった。けど、優は俺のもので、俺は優のものだと信じていた。

 俺はろくでなしだ。だけど、優のことは大切だった。

 そして、何でもないやりとりを最後に、俺はアパートに帰ることなく、死んだ。組の抗争に巻き込まれて、腹に一発ズドンで死んだことは覚えている。目が覚めたら、閻魔の目の前におっ立てられていた。

 俺は、死んでからもずっと、優のことが気にかかっていた。けれど、その姿を目にしたら、何をしでかすか分からない。もしかしたら、鎌でその魂を刈り取ってしまうかも。そう思って、記憶を閉じ込めていたのだ。それなのに、こんなところで会うなんて。

 優は、何かを感じたのか、ゆっくりと目を開けた。そして、ベッドの脇にたたずむ俺の姿を見た途端、一際大きく目を見開いた。

「穣ちゃんっ……! やっと会いに来てくれたの。ずっと会いたかったっ……! 」

 言葉を絞り出すと同時に、優の目尻から、綺麗な雫が次から次へと溢れてくる。涙は、伝えられなかった想いの塊だと誰かが言っていた。きっと優は、俺に言いたいことが沢山あって、それをずっと心の内に仕舞い込んでいたのだろう。

 俺は言葉をかけることも出来ずに、優がわんわんと泣く様子を見つめる。

 ごめんな。一人にしちまって。そう心の中で呟くと、俺の頬に生ぬるいものが伝う。俺はそれを拭うことなく、唇をぎゅっと噛み締める。

 優の魂を見ると、なんとレベル1だ。お前、俺と一緒に育ったのに、心まで綺麗なやつだったんだな。変なところで感心してしまう。レベル1の魂は地獄へ連れて行ってはいけない。天国への領域侵犯になる。下手したら、天国と地獄の戦争がおっぱじまる。

 優の魂は、既に身体から半分以上剥がれている。きっと俺の姿が見えているのは、そのせいだ。この魂は放っておいたら、天使が回収しにくる。

 でも、優を渡したくない。神にも閻魔にも。

 俺は、大鎌の柄を強く握りしめて、ベッドの脇にある小さな椅子に座る。何も言えなかった。

「穣ちゃん、ずっと一緒にいて……」

 優は、鼻を啜りながら、俺に話しかける。俺の目からはもう一粒だけ涙が溢れた。俺は、何もせずに、優の魂が自然にその身体から剥がれるのを見つめていた。そして、その魂が全て剥がれた瞬間、根本をぎゅっと掴む。

(穣ちゃん・・・?)

「優、お前は天国に行ける。だけど、俺はお前を放したくない」

(え……)

「俺と一緒に逃げてくれるか? 」

 優は、俺の言葉を聞いて、少し息をのんだ。

(うんっ……!連れてって。もう置いていかないで)

 その言葉を守るように、俺はつるつるとした魂に口付けた。そうしたら、魂は少し赤くなった。

(……生きてた時、口にキスしてくれたことなかったじゃん)

 え、そこ口だったのか。そう思うと、俺の顔も火照ってきた。

 まあ、いい。誤魔化すように咳払いをして、周囲をぐるりと見渡す。窓の外には、鬼気迫る形相をした天使がやって来ていた。お前、その面は死神に向いてるよ。

 俺は鎌をしっかり握り直して、優と一緒に窓を割って飛び出した。

 鳥肌はとっくのとうに治っていた。


 補足:優くんは、穣が死んでから、本当の親(金持ち)に引き取られたので、死ぬまでは結構裕福でした。愛はなかったけど。


 終(?)


好きなネタなので、続きを書くかも知れません

書きたいなーけど手が4本あったらいいな

twitterにあげていた小ネタですので、よければフォローいただけると嬉しいです。(@ichijo_twr)

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