第6話「今の気持ちを教えてよ」



あり得ない。


『…じゃあ、俺が結ちゃんからの告白を最初に断った時、泣いてたのは何で?』


あり得ないあり得ない。


『あの日急に別れたいって言った理由を聞かせて貰うまで、俺平日は毎日通うから』


どうして…こんな再会、全く望んでいなかったのに。

いったい何でこんなことに。


『……俺は、ちゃんと好きだったんだよ』


どうしてこんな展開になるの。

あの頃の話なんて、もう今更どうだっていいじゃない。

もう6年だよ。6年も経ってるんだよ。


…時雨先輩と会社の前で別れてから、約1時間後。

あたしは良くんが住むマンションのソファーに寝ころんでいた。

最悪だ。さっき時雨先輩にはっきりと自分の気持ちを偽ったはずが、墓穴を掘った気がする。

良くん、早く帰ってこないかな…。


『好きだったんだよ』

『毎日通うから』


…時雨先輩、本気で言ってるのかな。

っていうか、何で今頃。急に再会したから?え、それだけ?

もしかして、いや、無いとは思うけど、時雨先輩は今もあたしのことを好きだったり…?

え、あれから6年間ずっと?……いや、それはさすがにないか。

あたしはそう思うと、ゆっくりとソファーから起き上がって夕飯の準備に取り掛かった。


……ちょっと一旦冷静になろ。


…………


普段あんまりお酒は飲まないけれど、今日は何だか飲みたい気分だった。

良くんの冷蔵庫にはチューハイが2本あったから、今日だけそれを拝借した。

あたしは元々、お酒は弱い方だ。

市販の缶チューハイ(350ml)を一本飲んだだけで酔いが回って、すぐ顔が赤くなってしまう。

…あたしが酔っぱらってたら良くん心配してくれるかな。

そう思いながら珍しく3本目の缶チューハイに手を伸ばした時、ようやく玄関の方でドアが開く音がした。


…良くんだ!

その音に急いで玄関の方に向かうと、やっぱり良くんが会社の食事会から帰ってきたらしい姿がそこにあった。


「おかえりっ。早かったね」

「ただいま。っつか来てたんだ、結」

「そりゃそうでしょ。だって今日金曜日だし、明日は休みだし」

「…そっか。そうだったな」


良くんはあたしとそんな会話を交わしながら、玄関のシューズボックスの上にマンションの鍵を置く。

っていうか、「来てたんだ」ってちょっと酷くない?嬉しい顔とか出来ないのかなぁ?

付き合い始めの頃は、ここにあたしがいるだけで疲れが吹っ飛ぶなんて言ってくれたじゃん。今はそういうのすら無いじゃない。


「ね、今日予約してたレストラン一旦キャンセルしたけどさ、今度絶対行こうね」

「んー。でもそれ、来月にしてくんない?」

「え、」

「ごめん。今月はどうしても忙しいんだよね」

「…」


良くんはそう言いながらリビングに向かうと、首元にしていたネクタイを緩める。

…来月って。先月も同じことを言われて一カ月待ったのに。

今日は、3月の中頃。…え、あとどれだけ待たされるの?


「…」

「部長がさ、大手企業とコラボしたいって言うんだよね。知ってる?今テレビのCMでも結構流れてる赤い…」

「やだ」

「…え?」

「今月行きたい。本当は今日だったら空いてるって言ったじゃん。金曜日だから2人でゆっくりできるねって。なのにまた1カ月待つの?そんなに仕事が大事なの!?」


あたしはそう言うと、思わず泣きそうになりながら、ここ数カ月くらいずっと溜まっていた不満を唱える。

…ほんとは、我儘なんて言うつもりじゃなかった。

浮気されてるわけじゃないのに。彼はただ、仕事を頑張っているだけなのに。

…ヤバイな。さすがに呆れられるかな。

しかしそうは思っても、あたしの言葉は止まらない。


「結…」

「どうして同じ会社に居て休みも合うはずなのにデートが1カ月ぶりになるの!なんであたしのこと全然優先してくれないの!?ほんとはもうあたしのこと好きじゃないの!?」


…こんなことを言う彼女なんて、きっと可愛くない。

あたしは良くんにとって可愛い彼女でいたい。


でも、わかってる。多分まだ動揺してるんだ。昼間のあの“再会”が。

じゃなきゃまだこんなに爆発しない。まだ我慢出来てたはず。

…ああ。あたし今、“あの人”のことが原因で余裕がないんだ。

しかし、そう思って涙を拭った時だった。


「…ごめんね、結」

「!」


その瞬間、良くんに不意にそう言われて抱きしめられた。


「俺正直、今まで素直に言うことを聞いてくれてた結に甘えてた。でも結が、ほんとはこんなに我慢してたなんて知らなかったよ。本当にごめん」

「…良くん」

「…でも、“酒の力”に頼って言うのは、どうかと思うよ?」

「え?」


良くんはそう言うと、きょとんとするあたしから、テーブルの上に置いたままになっているチューハイの空き缶二本に視線を映す。

…うわ。そうだった。そういえばこれを片付けもせず良くんをお出迎えに行ったんだったな。

別にお酒の力に頼ったわけではないけれど。


「ん。でもまぁ明日の夜は空いてるし、たまには外食する?」

「!…うんっ」


だけどその後良くんがそう言って久しぶりに外食に誘ってくれたから、あたしはその言葉に喜んで頷いた。

そして、その一方で…


「(もう少し。もう少しだから…)」


良くんが、あたしに内緒である計画を進めていたことは、あたしは知る由もない…。






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