　2024年の春、東京・新国立劇場で開催された新たなシーズンが、シャルル・グノーの『ファウスト』を上演することから幕を開けた。このシーズンの公演は、特に注目されていた。なぜなら、主演のクリスティーヌ・ダーエ（演:山本真理子）が一躍注目の新人として、オペラ座の舞台に立つことになったからだ。

　クリスティーヌは、もともとコーラスの一員として舞台に立っていたが、突然、主役のプリマドンナであるカルロッタ（演:西田さおり）の代役を務めることになった。カルロッタが体調不良のため舞台に立てなくなり、その代わりに急遽クリスティーヌがマルグリット役に昇格したのだ。彼女はその才能をすぐに開花させ、観客から大喝采を浴びる。

　その公演を見に来たのは、フィリップ・シャニュイ（演:ジョン・セント・ポリス）と弟のラウル・シャニュイ（演:ノーマン・ケリー）だ。ラウルはオペラ自体には興味がないが、恋人であるクリスティーヌが舞台に立つ姿をどうしても見たかった。しかし、彼の心の中で占めるのは、彼女の歌声だけではなく、彼女との未来をどう築くかという思いだった。

　公演が終わると、ラウルは楽屋へと向かい、クリスティーヌに結婚を申し込む。「オペラ歌手としてのキャリアを捨て、僕と一緒に生きてほしい」と伝えるが、クリスティーヌは断固としてそれを拒否する。彼女は「私には音楽の精霊がついている」と、キャリアを捨てるわけにはいかないと言うのだ。

　その晩、オペラ座の舞台裏では、異様な出来事が次々と起きる。新たなマネージャーたち（鈴木信也、田村浩二）は、これまでの経営陣からオペラ座を引き継ぐことになり、彼らはまず、長年続いているという怪人「オペラ・ゴースト」の話を聞くことになる。旧経営陣は、怪人が公演中に重要な決定を下す権限を持っていたと語り、オペラ座の繁栄のために怪人の存在を無視することはできないと警告する。しかし、マネージャーたちはそれを冗談だと思い、気に留めなかった。

　そんな中、バレエ団の若い少女たち（加藤さくら、吉田麻衣）は地下でフェズをかぶったミステリアスな男を見かけ、動揺する。彼が怪人なのではないかと噂になり、舞台係のジョセフ・ブケー（演:小林祐介）にその男の正体を尋ねる。ジョセフは「生ける骸骨のような顔をしている」と恐ろしい説明をし、少女たちはその影を見て恐怖を感じる。

　一方、明るい性格の舞台係フロリーヌ・パピヨン（演:佐藤まゆみ）は、ジョセフの兄シモン（演:佐々木雄一）を楽しませようとするが、逆に彼に追い払われてしまう。オペラ座のプリマドンナ、カルロッタ（演:西田さおり）は、怪人から届いた手紙に激怒し、マネージャーの部屋へと駆け込む。手紙には「次回の公演でクリスティーヌがマルグリット役を演じることになった」と書かれており、もし彼女が逆らえば恐ろしい結果になると脅迫されていた。

　クリスティーヌはその手紙を読んだ後、楽屋で怪人と直接会話を交わす。壁に映った影の声は、「今後は私の教えに従い、キャリアと指導者のことだけを考えろ」と告げる。

　翌日、オペラ座の近くにある庭園で、ラウルは再びクリスティーヌと会う。彼はプロポーズの答えを再度考え直してほしいと頼むが、クリスティーヌは「私は音楽の精霊から指導を受けている」と言い、キャリアを捨てることはできないと答える。ラウルは、クリスティーヌが誰かに操られているのだと思い、強く反論するが、クリスティーヌは怒りを露わにしてその場を立ち去る。

水曜日の午後、公演が行われると、カルロッタは再び体調を崩して休演し、クリスティーヌが代役を務めることになる。公演中、マネージャーたちはボックス席に座る「オペラ・ゴースト」の正体を確かめに行く。しかし、ボックス席に誰がいるのかはわからず、案内人もその人物を知らなかった。マネージャーたちが恐る恐るボックス席に再び入ると、そこには人影がなくなっていた。

　その後、クリスティーヌは大喝采を浴び、観客はスタンディングオベーションを送る。ラウルは楽屋を訪れるが、クリスティーヌは怪人の存在を隠したいため、知らないふりをする。ラウルが楽屋に入ろうとすると、内部から怪人の声が響き、彼の誘惑の言葉が聞こえる。「早く、クリスティーヌ、この精霊が姿を現し、君の愛を要求する」と叫ぶ。その後、クリスティーヌは一人で部屋を出てきたが、ラウルが捜索しても部屋の中には誰もいなかった。

　シモン・ブケー（演:佐々木雄一）は、兄ジョセフ（演:小林祐介）の死を発見し、復讐を誓う。ジョセフは首を吊って死亡していたが、その死の背景には怪人の存在が絡んでいると確信していた。

　再度、カルロッタに不気味な手紙が届く。そこには、「クリスティーヌが歌わなければ、この公演に呪いをかける」と書かれていた。カルロッタは再び公演を休み、クリスティーヌに主役を譲るように言われる。マネージャーたちも同じ手紙を受け取っており、クリスティーヌが歌わない場合、呪いがかかることを恐れていた。

　オペラ座で起こる不気味な出来事と怪人の脅迫は、すべての人々の心に恐怖を刻み込んでいく。そして、クリスティーヌは音楽の精霊の指導を受け続ける中で、次第にその力に取り込まれていくのであった。

　栃木県ひまわり町にある劇団「ひまわり座」の団員、河合琴美は、東京で開催された新国立劇場の『ファウスト』の公演を観に行くことにした。彼女は、日々忙しい稽古と公演に追われながらも、オペラの世界に触れたいという強い思いを持っていた。東京で行われる大きなオペラ公演を観ることは、彼女にとって貴重な経験であり、自分の演技にも新たな刺激を求めていた。

　琴美は、公演終了後、劇場の近くのカフェで一息つきながら、その日見た舞台について考えていた。クリスティーヌの歌声は圧倒的で、観客を一瞬で魅了してしまうほどだった。しかし、彼女が舞台で見せた強い意志と、怪人との奇妙な関係が、琴美の心に強い印象を残していた。あの怪人の存在は、いったい何だったのか？　その謎が深まり、彼女の好奇心をくすぐった。

　一方、ひまわり座の稽古場では、普段から仲が良かったはずの団員たちの間にぎこちなさが漂っていた。特に、舞台の主演を務めることになった団員、吉田直樹との関係が微妙だった。琴美が稽古場に足を踏み入れると、団員たちの険しい表情に気づく。いつもは和やかな雰囲気の中で稽古が行われていたが、今日は誰もが言葉少なに作業をしており、琴美が目を合わせても、まるで避けるかのように視線を逸らす者もいた。

「どうしたの？」と、琴美は控えめに尋ねたが、団員たちはすぐには答えなかった。しばらくすると、団長の小野田一朗がやっと口を開いた。

「実はな、琴美…最近、直樹が少しおかしいんだ」と、彼は疲れた様子で言った。

　どういう意味かと琴美が問いかけると、小野田は続けた。「最近、彼が公演に対して異常なほどの執着を見せていて、周囲の雰囲気を壊している。みんな、彼との距離を取るようになっているんだ」

　琴美はその話に驚き、何か重大な事態が起きていることを感じ取った。吉田直樹は、劇団の顔とも言える実力派の俳優だった。彼がこんなにも変わってしまったのは、何か深刻な理由があるに違いない。琴美は、直樹と話をすることを決意した。

　その日の夜、ひまわり座の劇団員が集まる居酒屋で、琴美は直樹に声をかけた。彼は最初、無愛想に答えたが、琴美が「最近、みんなが君を避けているように見える」と言うと、直樹の表情が一瞬で曇った。

「俺がどうしてこんなふうになったか、君にはわからないだろう」と直樹は呟くように言った。

　琴美は黙って耳を傾けた。直樹は続けた。「最近、オペラ座で見た舞台みたいなことが、実際に起きているんだ。俺も、誰かに操られているような気がしてならない。あの怪人のような存在が、俺を試しているんだと思う」

　琴美はその言葉に驚いた。彼が一体どんな状況にあるのか、完全には理解できなかったが、少なくとも直樹が抱えている精神的な葛藤は並大抵のものではないことを感じ取った。琴美は彼に声をかけた。「そんなことに囚われてはいけないよ。私たちには、仲間がいる。みんなで支え合えば、どんな困難でも乗り越えられる」

　直樹は一瞬、琴美を見つめた後、苦笑を浮かべた。「ありがとう、琴美。でも、もう少しだけ、この闇にひとりで立ち向かってみる」

　その言葉に、琴美は深い思いを抱えながらも、彼の決意を尊重することにした。しかし、この不安定な状況が続けば、劇団の団結にも大きな影響が出てしまうかもしれない。琴美は、東京の『ファウスト』公演で見たあの怪人の存在を思い返し、ひまわり座でも何か異変が起きているのではないかと感じた。そして、何か解決の糸口を見つけなければならないと決心するのであった。

　その後、琴美はひまわり座の団員たちとともに、直樹の問題に向き合いながらも、劇団の運命を変える新たな謎に足を踏み入れていくことになる。