*4*

 バタン!

 パジャマを着込んだ私は、誰にも見られないように自分の部屋に転がり込んだ。

 鼓動はまだおさまらない。

 でも、怖いけれど答え合わせはしなくちゃいけない。

 深呼吸をしてから、ドレッサーの前に立つ。

 ああ。

 写った姿にため息が出る──小さい胸にげんなり、ってそこじゃない。

 私の体はどう見ても人間のそれではなくなっていた。

「アマガエルだ、これ……」

 鏡に移っている私は、庭先で良く見かける生き物にそっくりだった。

 手脚は黄色くて、二の腕やすねには茶色のボーダー模様が入っている。

 ニーソとハンドウオーマー、には見えないよね?

 パジャマをめくり上げて見たお腹は、真っ白で滑らかだ。

 わき腹の黒い線をはさんで背中は、鮮やかな黄緑色で染められている。

 おへそは――まだあった!

 意外にも、私はまだ哺乳類の一員であることだけは確からしい。

 ちょっとだけ、ほっとする。

 だけど気に入らないのは、顔だった。

 鏡に顔を近づけて、自分とにらめっこ。

 緑色の派手な色合いのひたい。鼻先からは、耳元へと黒いスジが入っている。

 明るい黄色の目の周りは、天然のアイシャドウにも見えなくない……かな?

 いやいや、無理無理!

 ウインクしてみてもやっぱり、アマガエルの顔にしか見えないよ。

 でも、私が気に入らないのはそこじゃない。

 だって、色こそヘンだけど顔のつくりはほとんど変っていないよ! これ!

 認めたくはないけれど、私はもともとカエル顔なのだ。

 目がパッチリしているのは自慢なんだけど、横一文字に結んだ口は、庭の片隅のかわいい信楽焼きそっくりだ。

 そんなものだから、クラスでのあだ名は「ビッキー」。どこかの方言で、「ビツキ」はカエルの事。

──ぐすん。全然嬉しくない。


 自分の体の観察をすませて、私はベッドに倒れ込んだ。

 どうも一人で考えるのは限界があるなあ。

 かといって、今、家族にこの姿を見せたくはない。なんと言うか想像が出来ない。

「あ、そーだ。幾野いくの理香りか!」

 私はカエルに詳しそうな人物を思い出した。

 幾野理香は同じクラスの友達だ。ちょっと変わっているけれど、動物好きで生物部員だって言うから、最初に相談するには悪くないように思えた。

 私はスマホを手に取ると、その生物部員に電話をかけた。


「夜中にゴメン」

『ふああ? ビッキー?』

「うっ!」

 もう寝ていたらしい理香は、タイムリーなあだ名で私を呼んでくれる。

 そう言えば、ビッキーと言うあだ名を考えたのはそもそもコイツだった。

 ちょっと不安がよぎるけど、不名誉なあだ名は奇しくも当たったわけだから、やっぱり相談相手には適任なんだろう。

 私は、彼女に今日のこれまでの事を一生懸命説明した。

 だけど……

『ごめん、私が付けたあだ名、そんなに嫌だった?』

 一通り話し終わって返ってきた答えがこれだった。

「……もしかして、信じてないの?」

『そりゃ、まあね。一応これでも科学の徒、生物部員ですから』

 根拠になっていないような気もするけど、信じられないというのは良く判る。

 こうなりゃ、もうヤケだ!

 私はスマホをビデオ通話に切り替えた。 


『ええええええええっ!?』

 スマホに耳をあてなくても聞こえる大声だ。

『これ、アプリじゃないよね!? すごい!! なに面白そうなことになっているの?』

 そんなに面白いか? なんだか悔しいぞ。

「あー、はいはい」

 私は相手にはっきりわかるあきれ声で返事をした。

『信じられない! 手とかどうなっているの? 足は? お腹は?』

 そんな私を無視するかの様に、理香は矢継ぎ早に質問をした。

 うるさいったら。

 理香に抗議しようとしたところで、急に体に異変を感じた。

 この感じは。さっきお風呂場で感じたさざ波……!?

「くぅっ」

 ぞわぞわしたあの感覚が体を駆けめぐる。

『ちょっとビッキー! 大丈夫?』

 スマホの向こうで、理香が心配の声をあげている。

 あ、一応は心配してくれるんだ。

 私は、奇妙な感覚に耐えながら、能天気に考えた。

 今度はいったいどうなっちゃうんだ? 私。


 時間にして数秒間。カエルになったときと同じくらいの時間のあと。

「はあ、はあ、はあ」

『ど、どうしたの?』

 スマホから理香の声が聞こえる。私は見たまんまを答えた。

「人間に……もどった」

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