元勇者は名探偵 ━東京魔石━
魔石収集家
1 消えたアリバイ
東京、池袋の夜、ビルの谷間に光るネオンの海を見下ろしながら、俺はバーのドアを押し開けた。
異世界帰りの俺、一条零がこの街で暮らすようになって数ヶ月。
手首に巻いたルビーの魔石が、淡く光を放つときはいつも厄介な出来事の始まりだ。
今夜もその兆しを感じていた。
中に入ると、カウンター席で一人の男がソワソワと落ち着きなく座っていた。
40代半ばの小柄な体型、額には薄く汗が滲んでいる。
「君がレイ君だな?」
彼の声には焦りと苛立ちが混ざっていた。
俺は答える代わりに空いている椅子に腰を下ろした。
「その反応だと、何か話があるんだろう。聞こうじゃないか。」
男は一息つくと、震える手で水の入ったグラスを握りしめた。
「昨夜、あるビルのオフィスで殺人事件があった。犯行時刻にその部屋にいたのは私だけだ。それなのに、監視カメラの映像には私がオフィスを出ていく姿が映っていた。つまり...完全犯罪のトリックに嵌められた。」
話の核心に触れるほど、彼の声は震えていた。
俺は魔石に触れ、そっと脈動する感覚を確認する。魔石が反応している以上、この事件には何か"普通ではない"真実が隠されている。
「犯行時刻、君は確かにオフィスにいたと言い切れるのか?」
「もちろんだ!」
男の語気は強かったが、その裏にはどこか不安が見え隠れする。
「分かった。」俺はゆっくりと立ち上がった。
「現場に案内してくれ。どんなトリックを使ったのか、直接見てみる必要がありそうだ。」
現場となったビルのオフィスは、冷たい蛍光灯の光に包まれ、家具が整然と配置されたままだった。
だが、その空間には微かな不調和が漂っている。俺の魔石は、わずかに脈動を強めた。
「…この部屋だな。」 俺は室内を見渡し、中央に置かれた机の周りを調べ始めた。
「被害者はここで殺され、君の姿はカメラに映っていた。その映像がどこかで改ざんされていると見ていいか?」
「いや…映像自体は本物のはずだ。私自身も確認した。」
男の答えは短いが、その言葉には焦りが感じられた。
俺は部屋の片隅に掛けられている大きな鏡に目を留めた。
普通の鏡に見えるが、その配置がやけに気になる。
「この鏡…動かしたことは?」
「動かした?いや、最初からそこに掛かっている。」
俺は魔石を鏡の表面に向け、低く呟いた。
「《光の記憶を呼び覚ませ》。」
魔石の赤い光が鏡を包み込み、その反射の中に何かが浮かび上がった。
光の屈折と角度が、部屋の形状を歪めていた。
俺は指先で反射のラインを追い、鏡に仕掛けられたトリックを見抜いた。
「なるほど。映像の中の君の姿は、実際にはここに映った反射だったというわけだ。」
「反射…?」
「そうだ。この鏡を使えば、部屋を出たように見せかけることができる。カメラは死角からの光を映し、君の動きを偽装したんだ。」
男の顔が青ざめた。「…ということは、俺が犯人じゃない証明になるのか?」
「まだだ。」俺は鏡をじっと見つめた。
「トリックを仕掛けたのはおそらく君じゃない。この鏡をここに掛けた人物、それが本当の犯人だ。」
俺はその夜、魔石の光を頼りにさらに調査を進めることを決めた。鏡を仕掛け、完全犯罪を成立させようとした真犯人。
その目的と動機が明らかになるまで、この事件は終わらない。
「…次の手がかりを探すか」
俺は静かにその場を後にした。
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