迷宮剪定者(ダンジョンガーデナー)のお仕事

銀髪卿

第1話 迷宮が仕事場の男

 世界に穴を穿ち、魔物モンスターという兵士を用いて地上を侵略する生きた災害——迷宮ダンジョン


 その、深奥。


 俺が右肩に担ぐ太刀から放たれた白銀の斬撃が、体高2mに迫る狼型の魔物モンスターを真縦に両断した。

 岩壁を貪る苔の放つ鈍い光に照らされて、背骨を綺麗に断たれた魔物モンスターは闇に溶けるように蒸発する。


「任務完了っと」


 最後の一匹の消滅を見送った俺は、カラコロと音を立てて転がった魔石——魔物モンスターの心臓を拾い上げ、白銀の太刀を背負った。


「んん゙っ……あー、こちら“シロガネ”。予定のが完了した」


 トランシーバーなんて前時代的な無線機のノイズを聴いて数秒、向こう側から声が届く。


『こちらカグヤ。了解、いつも通り痕跡が残らないように撤退して』

「シロガネ、了解した」


 事務的なやり取りを経て通信終了。

 一度大きく伸びをした俺は、周りに散らばるおびただしい量の魔石を目に入れないように岩の天井を見上げた。


「……片付けるの面倒くせえなぁ」


 とは言っても、俺がここにいたという事実は存在してはならない。面倒な後処理だが、そこまでやるのが俺の仕事。


「っし、さっさと拾って帰るとすっか」


 なにせ、この後ここには英雄がやってくる。

 迷宮ダンジョンという地球の癌を体を張って取り除く、その勇姿を人々に届け、魅了し、熱狂させる。

 ——そんな、迷宮ダンジョン配信者ってやつが。


 だから俺のような黒子が……事前に迷宮ダンジョンを調査し、配信のための調整を施した剪定者ガーデナーがいたという証拠は、綺麗さっぱり片付けなくてはならないのだ。



◆◆◆



 2000年代初頭、地球各地に突如として正体不明の穴が出現した。


 内側から無尽蔵に溢れ出す、のち魔物モンスターと括られる異形の生命と、人類は即座に戦争状態へと移行。

 迷宮ダンジョンと名付けられた『特異自然災害』は、人類共通の敵と断じられた。


 そこから先の歴史には、おしなべて迷宮ダンジョンの影がついて回ってきた。


 繰り返される魔物モンスターによる侵略と、人類による迷宮調査ダンジョンアタック

 寄せては返す波のように拮抗する戦線。

 人類は、いつ、どこに出現するかもわからない迷宮ダンジョンという災害に抗ってきた。 


 それは、俺たちが生きる今日という何気ない日も続いている。


 ——だからこそ、人類は“英雄”を欲した。

 衆目の前で魔物モンスターを屠り、迷宮ダンジョンを調伏する苛烈で鮮烈な戦士ってやつを。



◆◆◆



 迷宮ダンジョンを出ても気を抜かない。

 俺の存在はあってはならない。つまり、迷宮ダンジョンを出入りしたという状況証拠を握られてはいけないわけだ。


 なもんで、迷宮ダンジョン出現に際して協会によって一時的に封鎖・立ち退きが行われた住宅地であっても、監視カメラや週刊誌の記者、その他あらゆる人の目をケアするのが一流ってやつだ。


「帰るまでが遠足ですよ〜っと」


 俺は忍者のように素早い動きで離脱、一般車両に偽装した護送車にするりと乗り込んだ。


「——任務完遂!」


 我ながら呑気な、少し前まで命のやり取りをしていたとは思えない声だった。


「まったく……」


 それは相手も同じ認識だったらしい。

 同じ後部座席の先客はため息と共にタブレットの画面を暗転、呆れ混じりの半眼を横に滑り込んだ俺に向けた。


「もうちょっと落ち着きを持った態度を取りなよ。君はもう二十歳だぞ?」


 訂正、単純に俺の歳不相応の態度に苦言を呈しただけだった。

 男勝りな口調の女は自分のネクタイをキュッと締め直し、一層目を細めて俺を睨んだ。


「あと、任務の完遂は“配信”が無事に終わった時だぞ」

「細けえことはいいだろカグヤ。あ、運転手さん送迎お願いしまーす!」

「まったく、君という奴は」


 緩やかに出発した護送車の中で、トランシーバーの通信相手にして俺の案内人ナビゲーターである岸海きしうみ輝夜かぐやは盛大なため息をついた。


「今日もお疲れ様、シロガネ先輩。規定5分前の完璧な調整だった」

「労ってる態度には見えねえんだが?」

「当然だろ。君はもっと、ナビする私の気苦労をおもんぱかったほうがいい」


 カグヤはタブレットに表示される自分の指示履歴と、誤差4秒以内でほとんど一致するシロガネの行動履歴を見て目頭を抑えた。


「私の指示出しと君の指示のタイミングがほぼ被ってるとか、一体なんの冗談だ。早過ぎるし、なにより強過ぎる」


 カグヤの横顔には、彼女の指示を毎度毎度答え合わせに使う俺への不満が強く馴染んでいた。


「こんなの悪質な煽りだぞ」

「煽ってるわけじゃねえんだけどなぁ」

案内人ナビゲーターの仕事の大半を奪っておいて、よく言うよ」


 俺から顔を背けたカグヤの、窓に映った頬が膨らんだ表情に小さく肩をすくめた。


「んなことねえって。俺はカグヤを信頼してるからな」

「そ、そうか?」


 窓越しに見えるカグヤの頬が少しだけ緩んだ。


「ま、まあ? 私もお前と組んで長いしな? そんじょそこらの案内人ナビゲーターよりお前を理解していると言っても——」

「お前、優秀だからさ。俺の判断が間違ってないって、安心して突っ込めるんだ」

「…………はあ。期待した私が馬鹿だった」

「なんでだよ!? 褒めたのに!?」


 眼力を氷点下まで急降下させたカグヤは、あからさまなため息と共に指の関節でタブレットを叩いた。


「それより、そろそろ始まるぞ。

「ん? ああ、端末持って来てないから見せてくれ」

「まったく……仕方ないな」


 三度目のため息をついたカグヤは、車の天井にぶら下がるアームにタブレットを固定して、配信画面を開いた。


 配信に映るのは、見目の整った数名の男女。各々がよく手入れされた武器と防具を身に纏い、画面に流れる視聴者のコメントに気さくな態度で応答する。


 しかし皆、表情と纏う覇気は真剣そのもの。

 ここから先、自分たちが踏み込む場所が人の理解の及ばない災害領域だとよく理解したベテランの風格だった。


 彼らこそ、迷宮ダンジョン配信者。

 文明に牙を剥く災害を排除する、現代の英雄たちだ。


「シロガネ先輩はならないのか? 配信者」

「ねーよ」


 カグヤの何気ない質問に、俺は即座にノーを返した。


「配信、画角とか見栄えとか気にしないとだろ? 俺、絶対変なカメラ目線になったり動きがギクシャクしてキモくなる」

「わかる。君、その辺は不器用そうだ」

「あと、俺はそもそも露出とか苦手だし、人気になったらテレビとかも呼ばれて面倒じゃん」

「自分が人気になることを1ミリも疑ってない。凄い傲慢だな。恥知らずだ」

「先輩相手にボコボコに言い過ぎじゃない?」


 質問しておいてフルボッコは人の心がないと先輩思うな!


 カグヤは涙目の俺の訴えをガン無視して、真剣な表示で配信に見入る。

 それに倣って、俺もしぶしぶ観戦に移った。



 ——終わりが見えない戦争に、人類は自分たちの想像を遥かに上回るペースで疲弊した。

 だからこそ、光が求められた。暗闇を照らす、英雄という名前の光。

 自らの姿をもって人々に安心と希望を届ける、それが彼ら現代の英雄——迷宮ダンジョン配信者だ。



 ——そして、彼らを光とするなら。俺は陰だ。


 英雄たちの光がより強くなるように。

 その光が、万が一にもかげらないように。

 彼らに先んじて迷宮ダンジョンを調べ、必要とあらば魔物モンスターを間引き、円滑に、滞りなく配信を行えるように道を整える裏方。


 あえて露悪的な表現を用いるのなら、マスコット、或いはプロパガンダと言うべきか。

 姿——、その一助。


 それが俺の、剪定者ガーデナーの役割だ。


 俺は配信画面に映る輝かしい英雄たちを見ながら、ぼんやりと呟いた。


「それに俺、英雄って柄じゃないだろ」

「同感だね」

「そこは『そんなことない』って言うとこじゃない?」

「女々しいな、君は」

「やっぱ俺無理だ! アンチのコメントで心折れるもん!」

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