Orphans in the Glass tube ―国家秘匿の錬金術師は記憶の奪還戦に挑む―

@manerunuko

001 プロローグ「おはよう」

 ――錬金術


 いわゆる化学。また、狭義的には化学的手段を用い非金属を金や銀など貴金属への錬成や、不老不死の仙薬を得るための試みを指す。

 かつては属性を用いた元素論が支持されていたが現在は廃れ、各粒子を用いた原子論が有力とされている。

 計算上では、粒子の配置や数によって非金属を貴金属に錬成することも、その逆も不可能ではないとされている。


     ◇◆◇◆◇


「また、この夢か……」


 宵闇を赤熱の光で払う街の中。いつもより甲高くなった声で少年は呟いた。


 もはや原型を想像すらできない石造りの街並み。家々は瓦礫と化し、隙間から流れ落ちる赤黒い液体が石畳を染め上げた。

 飛び交う怒号と悲鳴を、獣の唸りが掻き消していく。また一つ、また一つ、命が消えていく。


 救えなかった。


 幾度追体験しても慣れることはない。今日もまた少年の心臓を縛り上げる。後悔、自責、絶望の坩堝から生まれた鎖は、五年経過した今も錆びつくことなく心に鍵をかけ続けていた。


「……う、あぁ」


 突如として時は加速を始めた。

 写真のスライドショーのように、コマ送りのように、かつての光景が再生されていく。


 瓦礫を漁る獣。ひしゃげた窓のフレームを啄む鳥型の怪物たち。千切れ落ちた人の腕。火に飲まれていく家族写真。

 そして――


「……だ、めだ」


 ――化け物によって空高く打ち上げられた、兄代わりになってくれた恩人。

 その下には、体長四メートルをゆうに超える捕食者の影があった。


「……いやだ、イヤだ、嫌だ!」


 いくら、拒絶しても彼の自由落下は止まらない。緩慢となった時の中、怪物のもとへと落ちていく。


「あぁ……、あぁ……」


 怪物の影は黒煙を引き裂き、開いた大口が彼へ迫った。

 白く鋭い牙が肌に食い込み、鮮血が溢れ出し、


「ユーリさん!」


 ――目が覚めた。

 吹き出した脂汗を拭い、一つ深い息を吐くと急に身体が冷え込んだ。

 少年は布団代わりに掛けていた青いコートを羽織り、辺りを見渡す。


 暗く狭い個室に窓が一つ。差し込む月明かりが、対面にある木製の横開きの扉を照らす。少年が座っているのは横長の座席で、対面には向かい合うようにもう一つ。

 そこには栗色の短髪で恰幅の良い男と、彼の靴を枕のようにして眠る緑髪で細身な女性が一人いる。ガタゴトという音と共に、二人の身体は揺れている。


 列車の中だ。


 今一度深く白い息を吐き、少年は一人物思いにふけようと月を見上げようとした。

 その時だった。


「――どうした、トロワ。休んでおかないのか?」


 低くしゃがれた声が少年に問いかけた。


「グラウルさん。見張りですよ、見張り。作戦エリアに近いんですから、念の為」

「ほう、『念の為』ねぇ……」


 栗毛の男、グラウルはトロワを訝しげに見つめ、すぐにピクリと片眉を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「……そういえば、今回の現場はあの場所に近かったな」

「……!」


 グラウルはニタリと笑った。


「図星だな。また例の夢か? んで、ちょうどさっき跳ね起きた、だろ? 拭いてはいるがひどい汗だ。匂いでわかる」

「……気色悪いですよ? グラウルさん」

「どうとでも言え。俺の鼻は特別製だ。変に取り繕うなよ」


 目を伏せてグラウルは続ける。


「まぁ、なんだ。俺たち、裏の錬金術師は一般人に悟られちゃならねぇ。起こった事件も、解決したものもな。ならそろそろ吹っ切れよ。あれからもう5年――」


「――です。」

「あ?」


 グラウルを静かに見つめ、トロワは言った。


「――まだ五年、です」

「……」


 頭を掻いたグラウルは何度か何かを言いかけた。そして背もたれにもたれ掛かり肩を下げた。


「……たしかにそうかもな。俺も未だに、ここが疼きやがる」


 呆れの滲んだ面持ちで彼は喉を擦った。そうして、一通り感傷に浸ったあとで、


「まったく、呑気なコイツを見習いたいもんだな」


 グラウルは足元に転がる女の首根っこを掴み、隣に座らせた。


「セシリアさん、相変わらずですよね」

「本っ当、コイツはもう……」


 何度姿勢を正してもセシリアはもたれ掛かる。三回程度繰り返してグラウルは諦めた。



 そうして夜は明ける。

 

 朝日に照らされながら、各々身支度を済ませ彼らは機関車をあとにした。


「行きましょうか、仕事の時間です」

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