52:写真がほしい

「写真撮らせて」

 一階の渡り廊下まで降りると、開口一番に漣里くんが頼んできた。

 特別棟でも催しをしているせいか、教室棟と特別棟を繋ぐ渡り廊下には数人の姿があった。


 談笑しながら歩く人たち。

 特別棟に続く階段に座り、タコ焼きを食べているグループ。

 野外ステージでは軽音楽部が演奏しているらしく、明るい音楽が耳に届いていた。


「漣里くんも一緒に写ってくれるなら」

 デート中に一緒にプリクラを撮ろうと誘ったら、写真は苦手だと断られ、結局、私は漣里くんの写真を一枚も持ってない。

 このチャンス、逃すわけにはいかない!


「……、……わかった」

 二人でなければ嫌だという意思を込めて見つめると、渋々、といった感じで漣里くんが頷いた。


 やった!

 私は急いで辺りを見回し、通りすがりの女子に声をかけた。

 一年の時は同じクラスで親しかったため、彼女は快く撮影係を引き受けてくれた。


 彼女に携帯を渡し、漣里くんと壁際に並んで立ち、ピースする。


「ちょっと成瀬くん、表情硬いよ? 笑って? ……あー……うん、笑顔……まあ、一応笑顔か……なんていうか、めっちゃ怖い笑顔だね……」

 彼女は根気よく付き合ってくれて、五回ほど写真を撮ってくれた。

 お礼を言って彼女と別れ、撮ってもらった写真を確認し、一番写りが良かったものを漣里くんにも送る。


 それから、私は『後で漣里くん一人の写真も撮らせてもらう』という約束を取り付け、再び壁際に立った。


 漣里くんはとても真剣な表情で私の写真を撮った。

 立場を変えて、今度は漣里くんが壁際に立つ。

 私は携帯を構え、漣里くんの上半身が入るように調整した。


 ポジションはばっちり……なんだけど、漣里くんはものの見事に仏頂面。

 一応ピースはしてくれた。


 でも、本当に写真が苦手らしく、数回撮っても自然な笑顔が引き出せない。

 二人で写った写真でも睨んでいるような有様で、道理で撮影係をしてくれた女子生徒が苦言を呈するわけだと納得した。


 私は諦めて携帯を下ろし、最高の一枚を撮るために言い聞かせた。


「いい? 漣里くん。よーく想像力を働かせて」

 催眠術でもかけるように、人差し指を振る。

「いまは授業の間の短い休憩時間中だと思って。お互い移動教室で、私の傍にはみーこがいて、漣里くんの傍には相川くんがいる。私たちは本当に偶然会っただけ。そういうシチュエーションなの。わかった?」

「? ああ」

「それじゃ、私は五秒後にここに来るから、気負わず、いつもみたいに反応してね」

 私は手に携帯を持ったまま、いったん教室棟の中へと引っ込んだ。


 数秒待ってから、渡り廊下へと出て行く。

 私は偶然漣里くんと会った風を装って、驚いた顔をし、それから笑って手を振った。


 反射的に、だろう。

 漣里くんは口元に微笑を浮かべた。


 そう、これこそ私の狙い!

 漣里くんは笑顔で手を振ると、笑い返してくれる習性があるのだ!


 私はすかさず携帯を構えて、写真を撮った。

 よし、完璧!

 胸元でぐっと手を握る。

 写真の中の漣里くんは、ごく自然に笑っていた。

 素晴らしい一枚を見つめて微笑んでから、ふと気になって尋ねる。


「漣里くんはお化け屋敷、手伝わなくていいの?」

「ああ。俺は設営班で、お化け役は別の奴がやるから」

 漣里くんは文化祭が終わったらクラスの皆で打ち上げに行くそうだ。

 もうすっかり溝が埋まったようで、私としては非常に嬉しい。


「じゃあ、色々見て回ろうよ。この服返して――」

「いや、まだ約束まで三十分以上あるし、ぎりぎりまでその格好でいて」

 漣里くんは珍しくきっぱりとそう言って、手を差し出してきた。


「は、はい」

 そう言われたら何も言えず、手を繋いで、歩き出す。


「あのさ、後夜祭のダンスパーティーのことだけど……」

 葵先輩には任せてくれ、と頼もしく言われたものの、これまで漣里くんは一度もダンスパーティーのことを口にしていない。

 どうしても気になるため、探りを入れてみる。


「ああ。踊る奴は大変だな。クラスの女子も、ドレスの準備がどうとか言ってた」

 自分にはまるで関係のないことのような口ぶりに、私は戸惑った。


 この反応は、葵先輩から話が通ってないとしか思えない。

 私は期待に胸を膨らませながら、何日もかけて色んな店を巡った。


 ドレスも買ったし、靴だって用意したんだけど……あれ?

 もう一度葵先輩に聞いたほうがいいのかな?


 考え、胸の中でかぶりを振る。

 葵先輩は嘘はつかない人だ。

 多分、漣里くんには直前まで伝えないつもりなんだろう。


 どうやって漣里くんを着替えさせて、その気にさせるつもりなのかはわからないけど、これまで最高のサポートをしてくれた葵先輩を信じよう。

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