51:文化祭の始まり

 十月に入って衣替えも終わり、いよいよ迎えた文化祭――通称、時海祭。


 土曜日の今日は夕方5時まで一般開放されているため、生徒の保護者や他校の生徒など、たくさんの人が来ている。


 お祭り騒ぎの中、私は華やかに飾り付けられた教室の一角で、カジノディーラーとして立っていた。


 黒と白のツートンカラーでまとめられたメイド服に、リボンのついたハイソックス。

 頭にはうさぎ耳付きのカチューシャ。

 過剰にひらひらしたフリルが太ももをくすぐって、どうにも落ち着かない。


 クラスのカジノは盛況だった。

 トランプ、UNO、麻雀の三種類のうち、やはり人気があるのは一般的に認知度が高いトランプ。

 麻雀班の人たちはお客さんが誰もいないのをいいことに、内輪で遊んでいる。

 その中には小金井くんもいて、クラスメイトと一緒に笑っている彼を見ると微笑ましい気持ちになった。


 ひっきりなしに訪れていたお客さんも、お昼時になるとさすがに少なくなった。


 この時間帯はカジノで遊ぶよりも腹ごしらえが優先されるのだろう。

 教室に残っているのは、UNOを囲んでいる三人だけ。


「ふえー、つっかれたー」

 周囲に誰もいないのを良いことに、私は小声で呟いた。


 教室の時計は12時過ぎを指している。

 12時で五十鈴と交代するはずだったんだけどな? 

 楽しくて時間を忘れてるのかも、と思ったそのとき、声がかかった。


「お待たせー、遅刻してごめん。交代しよっか、みもっち」

 他のクラスに遊びに行っていた五十鈴が歩いてきた。


「あ、うん。じゃあ更衣室に……」

 廊下から黄色い悲鳴が聞こえた。

 お客さんも、クラスメイトも、何事かという顔で教室の扉を見る。


 大歓声を受けるような人物といえば――やっぱり。


「こんにちは」

 ひょこっと姿を現したのは、葵先輩だった。

 葵先輩だけじゃなく、漣里くんもいた。


 葵先輩は何故か気まずそうな顔をしている漣里くんの腕を掴み、教室の中へ入ってきた。


「はい、行ってらっしゃい」

 五十鈴が私の背中を叩き、そちらへと押し出した。

 この場にみーこがいないのが残念だった。

 葵先輩の登場を誰より喜んだだろうに、すれ違いのタイミングで彼女は出かけていた。


「こんにちは。遊びに来てくれたんですか?」

 彼らの前に行って笑った後、首を傾げる。


「漣里くんはどうしたの?」

「ふふ。教室の前でぼーっと立ってたから連れてきた。深森さんがあんまり可愛い格好してるから、色々と噛み締めてたんじゃない?」

「えっ」

「……うん。可愛い」

 漣里くんは真顔で頷いた。


「そ、そうかな。ありがとう」

 誰よりも感想を聞きたかった人から褒め言葉を受け取って、私は照れ笑い。


「文化祭が終わるまでずっとその格好してるのか?」

「ううん、いまから交代するから、制服に戻るよ」

「そっか……」

 心なしか、漣里くんは残念そうだった。


「ここってカジノなんだよね? どういうルールなの?」

「あ、まずは入り口でお金を払ってもらって」

 と、教室の前方にある受付を指す。


「100円でキャンディー三つと交換してもらうんです。トランプやUNO、または麻雀で勝ってキャンディー数を増やしてもらって、獲得した数に応じて景品と交換してもらうシステムです」

「ふーん」

 葵先輩は教室の後方に設置されている景品交換所の景品と、交換するのに必要なキャンディー数を見て、即座に純利益を計算したらしく、笑った。


「カジノって胴元が儲かる仕組みになってるよね」

「……あはは」

 はい、正直、普通に買ったほうが安いです。

 でも、一応それなりに勝てば元は取れますよ?


「僕が勝ったらキャンディーはいらない代わりに、30分だけ深森さんの時間をもらうっていうのはダメかな?」

「え」

「シンデレラの魔法が解けちゃうと、弟が残念がるから。写真だけでも撮ってあげてほしいなって」

「何言い出すんだよ」

 漣里くんが困惑したように兄を見た。


「深森さんのこんな格好が見られるのはいまだけだよ? 惜しくないの?」

「それは……」

「いいから任せて」


 黙り込んだ漣里くんから視線を外して、再び葵先輩は私と目を合わせる。

「どうかな?」

「いえ、でも……」

 私の一存で決められることじゃない。

 困って辺りを見回すと、近くにいた女子が私の肩を叩いた。


「先輩のお願いを断れる人間なんて時海にいるわけないじゃないですか」

 他のクラスメイトも概ね似たような反応だった。

 どんな我儘だろうと、葵先輩なら仕方ない――そんな空気だ。これぞカリスマである。


「どうぞどうぞ。勝負なんてしなくて良いです。ちょうどいまお客さんも少ないですし、貸出時間は三十分と言わず一時間でいいですよ」

「ぶっちゃけると必要なのは真白当人じゃなくて衣装なんで」

「遠慮せず持ってっちゃってください」

「不束なクラスメイトですがよろしくお願いします」

「え、あの、ちょっと?」

 悪ノリしたクラスメイトたちにぐいぐいと背中を押され、つんのめりそうになる。


 そんな私の肩を漣里くんが掴み、引き寄せた。


「ありがとうございます。じゃあ遠慮せずもらっていきます」

 堂々とした漣里くんの態度に、ひゅー、と口笛があがる。


 え、え、もらうって。

 ぱくぱくと真っ赤な顔で口を動かしている私を無視して、漣里くんは私の手を引いた。


「あ、じゃあ、これだけ」

 出かけるならせめてうさぎの耳は外そうと思い、カチューシャに手をかけると。


「駄目」

 漣里くんに手を掴んで止められた。


 どうやらうさぎの耳は外してはいけないらしい。

 もはや何も言えなくなる。


 笑顔の葵先輩に手を振られ、背中にクラスメイトからの冷やかしの声を受けながら、私は漣里くんに手を引かれるまま教室を後にした。

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