第4話 わたし

「わたし」

 家に着いて、何も考えないように気を付けながら、作業形式で日常業務をこなした。

時々、心がきしむような音が聞こえる気がして、泣きたくなった。

思えば、小さい頃にもこんなことがあったような気がする。

幼稚園の頃にいたくかわいがっていたぬいぐるみを捨てていいかと母が聞いて、私はいいよと答えた。でも、いざ捨てられたぬいぐるみを、ごみと一緒に半透明なビニルの向こう側から覗いてくる彼を見たとき、私の心は今と同じようにきしんだ。

小学4年生くらいのことだっけ。

そのころのわたしと今の私はなんら変わりないのだろう。

半透明のビニルの先に彼との思い出が見えて、ほんの少し寂しくなっているだけ。

ただ、それだけ。

でも、きっと、今の私にはそのわたしと私が静かに共存していて、共存しながらもお互いをにらみ合っているのだろう。

ただ、私は私の中にわたしがいることを認めたくなくて、言い訳してしまうのだろう(もはや、してしまったという方が正しいのかも)。だから、「ため」とか、「答え」とか偉そうに大儀を掲げているふりをして、これはわたしではなくて、私の思いで、覚悟なんだと言い聞かせた。

汚いな。と思う。自分でも。

実を言ってしまえばただの私のわがままだったんだ。

でも、それでも、別れは仕方がなかった。

これも自分に言い聞かせているだけの言い訳に過ぎない。

私はこれからもわたしを隠していくのだろうか。

今日は23時から最も仲の良い先輩と電話をすると予定が決まっている。最初からこうするつもりだったからだ。

でも、私が思っていたような不安は案外少なくて、全然違うことを考えている自分がいる。

時計を見ると22時35分を指していて、まだ髪が濡れていることに気づき、急い洗面台に向かった。

ドライヤーを当てながら先輩にLINEを送る。

「ごめんなさい!ちょいおくれるかもです!」

土下座している絵文字を添えて。

すぐに返信が来て、先輩は気長に待つと言ってくれた。そこは「大丈夫!」とかじゃないのか、と少し細かいことに気を立てている自分が嫌になって乾ききる前にドライヤーをやめた。

私はさっさとベッドにもたれて、先輩に電話を掛けた。

コールが3回もならないうちに、先輩は出てくれた。

「ちゃんと別れられた!?」

なぜかその声は好奇と期待の色をしていて、少しうっと思った。

それでも先輩は純粋に私を心配してくれていた。

先輩も同じような経験をしていて、そのときの元彼氏にずいぶん苦労させられた、ということは聞かされていたので仕方がないか、と思った。

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