残り香

赤井 朝日

第1話 帰路

「帰路」


 耳の奥で邦ロックの失恋ソングが木霊している。

頭の奥で何度も同じフレーズが繰り返す。

自分の好きなバンドの曲で、女性視点で描かれた失恋歌。

我ながら女々しいなんて思う。

前から歩いてくる女の影が見えて、ふと意識が現実の視覚に引き戻される。

ほんの少し期待する。

おそらく数秒もない思考の巡りに自分でもげんなりする。シルエットさえも似つかないその辺の女につい先ほどまで人生をかけて愛そうと誓っていた人を重ねるなんて。


 真夏の夜、街灯が少ないからか、風が少し冷たく感じる。

自分の首をつたう汗が今の自分の感覚が正しくないことを伝えてくる。街灯の数なんておそらく関係ない。ここがいかにも目に悪そうな気色の悪いネオンの光に包まれていてもきっと同じように感じた。

いつも通っているはずの帰路がやけに長く感じる。

今にも崩れ落ちそうな膝を残された理性が必死に支えて、零れ落ちそうな涙を自尊心が引き留めていた。

さっきまで鮮明に見えていた景色がぼやけ始める。

ダメだ、と思う。今にも泣き叫んでやりたい心とは裏腹になぜか冷静な自分がいて、家までの距離はあとどれくらいかの計算を脳内CPUが必死に行っていた。


 それがかえっていけなかったのか、頭が熱くなってきて、気づけば自室のベッドで泣き腫らした後だった。

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